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日本の製造現場から見た インダストリー4.0の現実とCIOの役割

更新: 2017年7月1日

 今や筆者が担当する生産・調達・物流の現場でも、AIやIoTといった言葉が花盛りである。「経営や現場には、”IT三文字熟語”は理解されないから使うな!」と言われていた時代からは様変わりした感がある。裏を返せば、それだけビジネスの根幹となるプロセスや、事業そのものの戦略にデジタル技術は欠かせなくなったと言える。

 生産分野を例に、この変化を説明しよう。日本の製造業の多くは1980年代半ばからの急激な円高と労務費の高騰によってコスト競争力を失い、生産拠点の海外移管を余儀なくされた。一方で半導体をはじめとして技術流出の恐れのある部品、製品のものづくりに対しては、国内の工場で産業用ロボットや自動実装・加工・搬送技術を導入し、徹底したFA(ファクトリーオートメーション)を実現してきた。

 しかし当時のFA技術では“単純作業”の置き換えに留まり、生産管理や生産段取り、官能検査(人の目、耳、触感で行う検査)、多品種な梱包・物流作業などに関しては、依然として「人の力」に頼らざるを得なかった。各々の工程を担うロボットや自動機器も、専門の生産技術者がはりついて設備保全を行なわなければならなかった。

 今日ではロボットに加え、カメラ、GPS、センサー、ICタグなどのデジタルデバイスを駆使して、これらの作業の多くを自動化する取り組みが広がる。それらの機器が発する“ビッグデータ”をAIに機械学習させ、より精度の高い制御を実現することも活発だ。官能検査を例に挙げると、画像情報を元に外観の傷や汚れを合否判定を機械学習させる。情報が多くなれば人間しか出来なかった微妙な判定も可能になり、高度に自動化された検査工程を確立できるのだ。

 生産管理や生産段取り、梱包、物流のように自動化が難しかった工程においても、IoTによる自動化の拡大とAIによる制御の高度化により省人化の範囲が広がる。いわゆるスマートファクトリーである。技術の成熟度や導入コストから考えると、これらはすでに手の届くものとなってきている。Chief Manufacturing Officer(そんな言われ方をした事はないが)にとって、IoTとAIは文字通り、戦略を実現するための重要な手段となっているのである。

 では製造業のCIOにとっては、今、実践するべき情報戦略は何だろうか?もしIoTやAIが真っ先にくるのであれば、「ちょっと待って欲しい。その前にやるべき事がある」とお伝えしたい。少し回り道になるが、ドイツのインダストリー4.0から紐解いて、それが何かを明らかにしたい。

 以下の図は、インダストリー4.0の中核にいるAcatech(ドイツ工学アカデミー)による製造業の問題分析である。縦軸が製販調整(PSIコントロール)プロセス、横軸にProduct Lifecycle Management(製品の立上げから保守までのプロセス)が示されている。いうまでもなく、この二つの軸は、製造業にとって“要”に当たる部分だ。

 この両プロセスにおいて多くの工程が部分最適となっており、工程間の連携や制御系システム、FA機器との連携の多くがバッチ処理で行われている。この構造(業務とシステム)こそがインダストリー4.0を阻害する要因であるとAcatechは指摘する。工程間や様々な機器のリアルタイム連携なしに、各々の工場における高度化を進めても製造業の競争優位にはつながらないというわけである。

 実のところ、グローバルレベルの経営、会計、商流、物流の基幹をなすERPのあり方も同様の問題を抱えているのではないか?2000年代に多くの製造業が導入したERPは、個別の基幹システムの置き換えに留まり、国別・機能別の部分最適な姿から脱していない。海外の子会社における不適切な会計の問題や、海外市場の拡大に課題を抱えたままでいる企業が少なくないのも、全体最適のシステムの不在と業務ガバナンスが利いていないことが要因の一つかも知れない。

 問題を根本的に解決し、グローバル競争力を高めるには、CIOや情報システム部門が音頭をとって、この問題の所在や重要性、対応の優先度、そして投資の必要性を経営トップに説明し、その上でIT中期戦略の柱として推進する必要がある。もちろんIoTやAIといった技術の重要性は言うまでもなく、その取り組みを否定するわけでもない。しかし、それらが効果を発揮するのは根幹のプロセスの全体最適があってこその話である。CIOは何よりもまず、根幹のプロセス、基幹・連携インフラを見直し、高度化することに注力すべきであると考えている。

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