cio賢人倶楽部 ご挨拶

オピニオン

ものづくり大国のサステナビリティ(事業継続)を考察する

更新: 2018年2月1日

 1980年代後半、日本の製造業は急激な円高によるコスト競争力低下に対応するため、生産の海外移転を積極的に進めた。試行錯誤を重ねながらも、果敢にリスクにチャレンジした。例えば新興国で生産を担うメンバーを日本に招き、日本国内で磨いてきた「ものづくりのための生産技術・技能」を伝授するといったことだ。それでも全てが想定通りに定着することはなく、現在でも海外工場でのトラブル対応や一層の効率化のために、日本の技術者が現地に出向いて指導したり、自ら改善をリードしたりするケースがある。

 日本の生産システムがそのまま海外生産に移転できない理由は、生産を委譲する国の環境や価値観(国民性)、移管後の統制や設備メンテナンスの不備など、複数の要因が絡み合うと考えられる。このような状況にあっても、日本企業は海外に作った生産拠点の競争力を高めながら、世界市場全体をカバーするグローバル生産体制を構築してきた。その努力は大変なものである。しかし30年以上が経過した現在、グローバル生産体制の維持拡大は、大きな転機を迎えている。

 1点目は海外生産を推し進めてきた熟練の生産技術者がリタイアを迎えることだ。そうなれば工場の建設や稼働段階でのトラブル対応などに、熟練技術者を派遣して対処できなくなる。第2はICTの飛躍的な進化である。日本が得意とする生産方式--効率的な工場建設、最適な運転・管理ポイントの設定、職人的な作業、改善活動の推進、良い品をつくる品質管理などーーを、ICTによって可視化してシミュレートし、最適な生産が誰にでもできるようになることが予期される。ICTの進化が、日本的ものづくりシステムにゆさぶりをかけているのだ。

 したがって日本の製造業は、これからの生産現場が30年前に考えたものとは全く異なることを自覚しなければならない。その上で変化をポジティブに受け入れて迅速に対応をとることが求められる。その具体策を考える上で必要となる観点は、
① 事業構造の変化(デジタルトランスフォーメーション)を理解した上で、生産現場をマネジメントする人財を育成すること
② ICT技術を現場に適用し、Industrie4.0やIndustry Internetと並ぶシステムを構築し導入すること
③ 継続的なイノベーションを生み出し、生産プロセスを進化させ実現する機能をつくること(例えば、AIによる判断、ロボットの導入、3Dプリンター、移動する工場など)
などが挙げられる。

 上記①②は、現場がないところではできない。そして③は企業が成長発展する核心であることを考えると、これらのコアは国内に設置することが望まれる。すなわち日本の製造業がグローバル化を進化させるという課題に対しては、国内の技術開発部門や国内工場の在り方の再考が重要なポイントとなる。国内工場のコスト競争力の弱さを嘆くのではなく、ものづくりの価値を生み出す中核的存在として、国内の技術開発と国内工場を見直し、再構築することである。

 それはマザー機能を持たせることに他ならない。これまでの工場は「企業が事業をするための“モノ”」をつくりだすことが本来の使命であり、低コストで高品質、さらに少量で多品種というゴールを持っていた。ICTの進化に端を発した次の技術革新が起きる中、マザー機能を持つ工場には「イノベーションを実現する“コト”」という使命が付け加わる。そして顧客の要望を最重視し、人を介さず正確に、スピーディーに、といったことが新たにゴールに加わると考えられる。

 これを実現するために早急に国内工場の使命を再確認し、必要であれば新しい国内工場を作らねばならない。いつの時代になっても、ものづくりは頭の中ではできない、現地、現場、現物を知る必要がある。その上で、ともすれば保守的になりがちな生産現場で、失敗を恐れずにイノベーションにチャレンジする体制を作り出すことが大切である。
 
 時代は、ものづくりの考え方、その取り組み方まで“非連続な進化”を要求している。日本の製造業は30年前に知恵を絞り、海外生産にチャレンジして成果を上げてきた。それは非連続な進化だったはずだ。今、再び進化の道を歩み、変化に対応しなければ、グローバル生産を勝ち抜く「ものづくり日本」の将来の姿はない。

味の素株式会社 顧問
五十嵐 弘司