オピニオン
「OODAループ」と「両利きの経営」
更新: 2019年3月1日
最近、「OODA(ウーダ)ループ」という言葉をよく耳にする。一般的には、まだそれほど馴染みがないと思われる言葉だが、「Observe(観察)」「Orient(情勢判断)」「Decide(意思決定)」「Act(行動)」の4段階とそれらを回す「Feed forward / Feedback Loop(ループ)」から成り立っている。元はといえば、朝鮮戦争(1950年から1953年)において、時々刻々と戦況が変化する航空戦をいかに戦うか、その意思決定のあり方はどうするべきかを元アメリカ空軍のジョン・ボイド大佐が洞察し、提唱した理論である。
「OODAループ」と比較されることが多いのがおなじみの「PDCAサイクル」だ。こちらは戦後日本がアメリカから招聘したデミング博士が品質管理から提唱した理論であり、決められた計画の中で「カイゼン」を行っていくという工場における品質管理に非常に向いていた理論を経営理論にあてはめたものである。しかし現在のようなVUCA時代には決めた計画・目標がすぐに陳腐化してしまい、「Plan(計画)」から始まる「PDCAサイクル」が必ずしも役に立たなくなってきている。「Plan」はあくまで現状の延長線上での計画に過ぎず、変化の少ない環境下では良くても、突然の変化にさらされている現代の経営には不向きなものになってきているのである。
特に「PDCAサイクル」では「OODAループ」におけるOOの部分が欠落しており、計画を生み出すプロセスが明確に入っていない(実際にはPlanに内包される)。富士フイルムの古森重隆会長が2013年に著した「魂の経営」(東洋経済新報社)によれば、同氏は2004年時点ですでに「PDCAよりSee-Think-Plan-Do」を提唱しており、Planの前段階としての「See-Think(観察・判断)」の必要性を見抜いていたようだ。
「OODAループ」が前提としている世界は不確実で曖昧なVUCAの世界であり、組織としては自律分散組織を前提としている。最近注目を浴びている「ティール組織」「ホラクラシー」などがまさにそれであり、「デザイン思考」「アジャイル開発」「リーンスタートアップ」なども基本的には同様の組織を前提としていると言える。時代が中央集権的な組織から自律分散組織への変更を促していると言っていいだろう。
日本企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)に移行できない理由の大きな点がここにある。組織がいまだに中央集権的で、PDCA信奉者でありすぎるのだ。経営の発想がトップダウン方式のままなのである。1年以上かけて作った中期経営計画の一部が「計画発表時点ですでに陳腐化してしまっている」という笑えない笑い話があるが、これなどもそのせいかもしれない。
一方、スタンフォード大学のチャールズ・オライリー教授とハーバード大学のマイケル・タッシュマン教授が提唱する「両利きの経営」(2019, 東洋経済新報社)という本がある。経営には「深化」と「探索」の両方が必要だと説く内容なのだが、日本企業はとかく「深化」に囚われすぎて、「データ」を元にした「探索」「情勢判断」が抜け落ちている。「OODAループ」のOOである。
現在の第4次産業革命は単にAIやIoTといったデジタル技術を道具として使うだけの産業革命ではなく、「デジタル『で』経営を行う」という、新しい形の産業革命である。野村総合研究所が「デジタル資本主義」と名付けているが、従来の産業革命における価値の源泉が「労働力」だったのに対して、現在は「デジタル化された情報」が価値の源泉に変わってきている。いわゆるGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)などのデジタルプラットフォーマーは次々と日々新たな価値を生み出しているが、日本的な中期経営計画では次々と価値を生み出すのは困難である。この大きな変化に日本企業の多くはまだ気づいていない。
今すぐ日本企業がやらなければいけないことは組織そのものを変革させ、「OODAループ」を回せるフラットな自律分散組織に移行させなければならないということだ。注意すべきは、だからといって既存事業が不要というわけではないことだ。両方が必要なのである。「両利きの経営」理論では、既存ビジネスの「深化」も必要としている。既存事業で生んだ資金をイノベーション事業に投資するためにも「両利き」である必要があるし、すべてをOODAループで行うことはできず、PDCAサイクルも必要である。これはガートナー社が提唱するデジタルトランスフォーメーションのモード1とモード2と同様である。
組織としては、CIOの元に「イノベーションを担うユニット」を作り、そこにデジタル人材を投入したとしても、「既存ユニット」との融合の場も必要である。両者に上下関係を設けるわけではなく、デジタルビジネスを構築していく社員と既存ビジネスの社員のどちらもがワクワクできる組織、それぞれが自己管理できる組織づくりが必要だということなのだ。変化の著しい時代であるが、既存事業からの発想だけでなく、新しい発想の両者をうまく融合し、シナジー効果を出せる能力がこれからのCIOには必要なのではないだろうか。
株式会社公文教育研究会 ICT事業部 部長
鈴木 康宏