cio賢人倶楽部 ご挨拶

オピニオン

企業における組織の課題とITの果たすべき役割

更新: 2019年6月1日

 今日、大企業と呼ばれる組織も、始まりは1人か数名だったことは間違いありません。その頃は個人の意思決定が全てを決めます。創業者が自分だけで、あるいは少数のパートナーと自然に整合性を取りながら目標に向けて活動する。それが正しければ成功を積み重ねることができ、事業は拡大していきます。当然、事業の拡大に伴って人が増え、組織も大きくなります。まず、そこで起きる問題を考えてみましょう。

何もしなければ大きな組織は「大企業病」にかかる

 結論から言えば、そうした成長の過程で発生するのが次のような課題です。
① コミュニケーション・プロブレム
② 個別取組強化≠全体最適
③ 成功体験への固執
④ 最後に大企業病

 順に見てみましょう。コミュニケーション・プロブレムとは一般に、違う国の言語を使う者同士でコミュニケーションが取れない時に使われる言葉です。しかし同じ言語を使っていても、コミュニケーション・プロブレムは起こります。人が増えると相手に伝わらない、誤解する確率が増加するプロブレムが生じるのです。例えば2人の時のコミュニケーション・ライン(伝達路)は1本です。3人は3本ですが、4人になると6本、10人では45本、20人は190本と級数的に増加します。

 伝言ゲームと同じく、人数が増えると正確にコミュニケーションする困難さがそれだけ増えるわけです。そこで誤解を減らすために、出来る限り明確に物事や指示内容を示すようになります。実はそれがまた新たなプロブレムを生むことにもなります。 

 例を挙げます。関西弁で「あんじょうしてや」と言う言葉があります。標準語では「あなたの判断でうまく、具合良く行って下さい」といった意味です。決まりやルールはあるのですが、状況の変化やお客様の反応により臨機応変に各人が対応し、最適に調整し、以心伝心で連携する。だから「あんじょう」するわけです。大阪人はこの言葉を使い、適度な度合いで仕事を進めてきたケースが多々あります。 個人や少人数の時は、この「あんじょうしてや」がうまく機能します。 

 しかし人数が増えてくると、そうはいきません。「あんじょうしてや」は多分に曖昧なので、コミュニケーション・プロブレムを引き起こします。これを避けるために、出来る限り明確に示すようになるわけです。「あんじょう」するのではなく、「こう決まっているから」「こう指示されたから」となり、組織とし適時・的確なアジャストがて出来なくなる可能性が高まります。

個別取組の強化≠全体最適、そして大企業病を生む

 次に②の「個別取組強化≠全体最適」について。組織が大きくなるにつれ仕事が分担され、各々の役割を担う「企業内組織」が出来てきます。例えば個人がたこ焼き屋を営業するとしましょう(筆者が関西人なのでこういう例が多くなります)。つまり1人の店主が粉の仕入、出汁の作成、生地の配合、焼く鉄板の調達、油の選定、鉄板の温度設定や焼き方、店の回りのお客様の状況を見て何皿くらい焼いておくかの判断、おまけや特売りの設定、新しい味の模索など、いわゆる仕入れから製造、あるいはマーケティング、営業、商品開発の一切を行うわけですね。

 しかし店が繁盛してチェーン店化を進めると、購買担当や出汁担当、生産(焼係)担当、鉄板加工担当、生産量調整担当といった役割を持つ人や部署が必要になります。それぞれの人や部署は役割分担にもとづき最高の仕事をしようと努力するでしょう。つまり購買担当は素晴らしいメリケン粉を仕入れ、出汁部門は最高に美味しい出汁を作る。生産技術部門は熱効率に優れ焦げ付かない鉄板を開発します。

 しかし、総体としてはどうでしょうか。お客から「昔の美味しいたこ焼きではなくなった」といった厳しい評判や評価をもらうという笑えない事態が起きることがあります。極論かも知れませんが、昨今では副社長クラスの方が執行役として担当を持ち、その分野の仕事にのめり込んで全体を見ない(見えない)。鳥瞰的に、素直に全体を見るのは社長だけという組織が、少なからず見受けられます。個別取組をいくら強化しても、全体最適になるとは限らないのです。

 とすると、どうなるでしょう?全体最適でないとすると、どこかの部署やその担当者に問題があることになります。努力して、新たなことにチャレンジしてきた人物や部署が周りから非難されるようなことも頻繁に起きます。次に起こり始めるのは、新たな取組みやチャレンジをせずに指示を待つだけだったり、過去に成功した体験だけをベースにした前例踏襲が当たり前になることです。行き着くところは、いわゆる「大企業病」。解決が難しい、深刻な病です。 

 ウィキペディアで「大企業病」を検索すると、「主に大企業で見られる非効率的な企業体質のことである。組織が大きくなることにより経営者と従業員の意思疎通が不十分となり、結果として組織内部に官僚主義、セクショナリズム、事なかれ主義、縦割り主義などが蔓延し、組織の非活性をもたらす。社員は不要な仕事を作り出し、細分化された仕事をこなすようになる傾向がある」とあります。

 まさしく述べてきた現象が顕著に現れたことにより発症(?)している病と言えます。気をつけなくてはならないのは、中小企業でも小組織でも、この病にかかる可能性があることです。大企業がかかり易く、顕著に症状が見えやすいので”大企業病”と呼ばれますが、決して大きな企業だけがかかる病ではありません。

「組織」の壁をつぶすITを考えたい

 筆者は組織論を研究してきたわけではなく、いくつかの企業でITやデジタル化の仕事をしてきました。それにも関わらず、コミュニケーション・プロブレムや大企業病について書いたのは、ITの利活用に責任を持ち、推進する我々の役割は、組織が持つ課題をしっかりと認識した上でないと、功を奏さないと考えるからです。

 読者の皆さんは、ITがもたらすメリットは何だとお考えでしょう。ビッグデータやAIなどと騒ぐ前に、筆者は人間のコミュニケーション強化と知識やノウハウ活用をいかに強化し、増幅できるかが基本だと考えます。コンピュータの特性は、まず演算処理の速さと正確性、そして記憶(記録)容量の増加と検索の速さです。それにコンピュータや人をデータや音声で高速に繋ぐ通信が融合し、我々の情報処理能力は飛躍的に拡大してきました。

 しかし、その能力を我々は本当の意味で生かしているでしょうか?”情報”という言葉は「物事の事情を人に伝えるもの。人が知覚したときに何らかの意味を想起させ、思考や行動に影響を与えるもの」を意味します。当たり前のことですが、何らかの情報を知ることなしに行動や思考が変化することはありません。例えば遠い国で誰かが亡くなったとしても、それを知らない人にとっては、その事を知るまでの期間は、なんら変化はありませんし、亡くなった方は亡くなっていないことと同じです。

 組織の話に戻すと、グローバルに展開された各部署や各拠点で起こっていることを、互いに事実として知らないと言うことが現実に多くあります。事実を知らない人や組織にとっては、その事実は起こっていないことと同じです。このことが先に述べてきた「組織」の課題を生み出しているわけで、組織の非効率さや弱さが出てくるわけです。IT(ICT)はそうした壁を距離や時間を越えることで、対処できる重要な要素となります。

大企業病克服に向け、あらゆる「情報」を生かす

 起こっている「事実」「事情」を人に伝えるのが「情報」ですが、その伝え方の変化が急速に変化しています。あえて当たり前のことを書くと、コンピュータの黎明期においては、「1」(オン)と「0」(オフ)で構成される「ビット」が情報の単位でした。次に数字や文字(当初はアルファベット)を表現できるように8個の「1」「0」を組み合わせた「バイト」という単位になりました。このあたりまでは、ITは専門家(技術者)だけのものでした。

 その後、「バイト」を二つ使用(16個の「1」「0」の組み合わせ)し、6万5536種類の文字を扱えるようになりました。漢字やカタカナであり、ワードプロセッサー(ワープロ)が登場するなどして、IT(コンピュータ)は一般人の道具になります。これがどんどん進歩し、「線」や「絵」を描けるようになりました。その後、音声、音楽、映像も「情報」として扱えるようになり、さらに位置情報(GPS)なども色々な場面で不可欠な要素になってきているのは周知の通りです。

 今後は味や匂い、感情や気持ちなども「情報」として管理できるようになっていくでしょう。先ほどの「情報」の定義から明らかなように、これらは「物事の事情を人に伝えるもの。人が知覚したときに何らかの意味を想起させ、思考や行動に影響を与えるもの」であり、そのために必要な要素として「情報」の一部に組み込まれることも間違いありません。 仮にそこまでいかないとしても、すでに極めて広範な「情報」を扱えるようになったことは事実です。

 しかし、企業ITにおいて、我々はそれを本当の意味で生かしているでしょうか?音声、映像、位置情報(GPS)はどうでしょうか?もしそうでないとするならば、皆様が組織や人間関係、また家族や友人と、今後どのような「情報」により事情の伝達や相手の思考や行動に影響を与えていくことになるのか、一度考えてみませんか。それがこれからのエコシステムやプラットフォームビジネスへの近道ではないかと筆者は考えています。

ヤンマー株式会社
執行役員 ビジネスシステム部 部長
矢島 孝應