cio賢人倶楽部 ご挨拶

オピニオン

「狂騒」ではなく「競争」、そして「協奏」へ

更新: 2019年8月1日

Timeline of Emerging Science and Technologyというチャートをご覧になったことがあるでしょうか?英国のインペリアルカレッジロンドンが2014年に発表したもので、一般公開されていて次の URL から直接参照可能です。ご覧いただいたうえでこのコラムを読んでいただけると良いかと思います。

https://www.nowandnext.com/PDF/Timeline%20of%20Emerging%20Science%20and%20Technology.pdf

どういうチャートかを説明しますと、まず科学技術を5つの領域「Green-tech(環境系科学技術)」「Bio-tech(バイオテクノロジー)」「Digital-tech(デジタル技術)」「Nano-tech(超微細(ナノ)技術)」「Neuro-tech(神経学応用技術)」に分類。それぞれの領域で研究開発が進められている具体的な技術(キーワード)を、「現時点で実用となる技術」、「実用性がある技術」、「将来利用可能のある技術」というタイムフレームでマッピングし、相互の関連性を示したものです。想定した時間軸は2014年から2030年以降です。一見、複雑ですが、例えばDigital-techを見てみると、次に来るキーワードやGreen-techなど他の領域との関係についてよく検討されていることが分かります。

このチャートを見て皆さんはどのように解釈するでしょうか?科学や技術に関心のある人であれば、おそらく素直に内容を解釈し理解し現在起きていること、そこに適用される技術が何か、その可能性は、どのような関連をもって流れてゆくのかを結構楽しく読めるのではないかと思います。未来を予測すること、あるいは読み解くことは簡単ではありませんが、外れることも含めて研究としては楽しい作業です。

一方、我々はビジネスの世界で生きているわけで、科学や技術のキーワードに踊らされるわけには行きません。現実問題としてビジネスとして価値を創造し、それをお金に換え、利益を得ることが重要です。IT部門の仕事あるいはCIOと呼ばれる人たちに求められる役割は、未来の方向感を見極めながらも、利用可能な科学や技術をいかに有効に使いこなしてゆくかだと考えています。つまりこれら新しい科学であったり新しい技術であったりを、適切な時期に適切な費用で最大効果を発揮できる形で利用することになります。

「適切」に理解し、判断することの難しさ

この「適切」と言う言葉が結構、やっかいです。適切であるためには、その技術が枯れていなければならないのか、それとも可能性を信じて早期に導入するのか、はたまた横睨みで導入タイミングを図るのか?確かに悩ましいところです。特に近年の情報技術革新の速さとその応用範囲の多様や広がりは、悩みを増大させるものになっています。

例を挙げましょう。「膨大な画像から深層学習技術を使って新たな画像から猫が猫であることを認識できるようなった」とグーグルが宣言したのは2012年半ばでした。YouTube にアップされている動画から、猫とタグ付けされている画像(200×200画素程度で、猫でない画像も含む)を約1,000万枚使って、1,000台のコンピュータで3日間の学習期間を経てニューロンのネットワークを形成させ、認識エンジンに仕立て上げたことは有名です。

さて、ではこの時点で機械学習ベースの画像認識エンジンを猫専用ではなく、汎用の認識エンジンとして利用できるはずと判断したCIOは居たでしょうか?おそらく技術に明るい CIO でも可能性についてはワクワクするものの、対費用効果の点では二の足を踏むのが普通でしょう。そもそも一般企業が学習元となる膨大な画像を独自に集めるのは困難ですし、それを処理するコンピュータ資源を用意するのも現実的ではありません。

翻って7年が経過した2019年の状況を見てみましょう(そういえば7年って昔ドックイヤーなんて言ってましたね!? 最近はそのサイクルもっと短いのですが)。ある意味で画像認識は、当たり前の世界になっています。生体認証システムとしての顔認証から、犯罪捜査あるいはその予防のための画像認識、振舞い検知から自動チェックアウトシステム・・・。Amazon Goのような無人店舗まで普通になろうとしています。裏側の仕組みは機械学習と深層学習で7年前とそう変わりませんが、 H/Wのアクセラレータが進化するなどして学習単価は劇的に安くなりました。単価の実計算はしていませんが、対投資効果として見合うところまで来たことの証明でしょう。

「IT で何ができるのか」ではなく、「何をするか」を追求

数年前に調べたことがあるのですが、基底部分のコンピューティングコストだけをとらえても費用対性能比(コストパフォーマンス)は5年で 1/10 ~ 1/50になるトレンドが継続しています。ストレージもメモリー同様に単位価格が5年で 1/10 ~ 1/20です。まさにデフレの象徴です。これをまさに「適切」に使えば、ボトムラインを効率化するための生産性向上にも寄与しますし、トップラインを伸ばすための飛び道具を手に入れることも出来るわけです。

では、これを「適切」に使いこなすために CIO には、何が求められるのでしょうか?大きくは、3つの要素があると考えられます。第1に当然のことながら、自社のビジネスモデルの中でどの領域に IT 技術を使うのかが一番大きな要素になりますし、攻守に渡って戦略的かつ俊敏になることが求められます。第2に利用可能な技術を正しく評価することで、自社の生産性向上にどのように寄与させるのかを自身で考えること。そして最後はタイミングです。

第1はデジタルトランスフォーメーションにも代表される、ビジネスモデルの変革領域です。それぞれの企業にはそれぞれのビジネスコア領域があります。コア領域を加速的に進化・拡大させる IT もあるでしょうし、コア領域を意識的にシフトさせる、あるいは他のコア領域を侵食させるための IT もあります。別の言い方をすると新しいビジネスモデルの創出にもつながります。

IT で何ができるのかを考えるのではなく、何をするのかが重要になるのです。そもそも現在は産業構造の主軸が製造・流通・小売のサプライチェーンの生産性はもちろんのこと、販売・マーケティングにデジタルシフトしているわけですから、そこでの効率化そのものが新しいビジネスモデルそのものに当たることにもなります。

ところがです。第2ですが、利用しなければならない、あるいは利用すべき技術を正しく評価できないとしたら問題です。前提になるのが技術の理解ですが、それをせずに表面上だけの機能性評価のみに終始するようなら、常に後追いになり、時代の変化に遅れ、競争力を棄損し、最後には淘汰されてしまいかねません。注意すべきは、技術そのものの理解と技術の持つ可能性の理解の違いです。前者は不要という考えもありますが、筆者はそうは思いません。技術の可能性を正しく理解するには、基礎になっている技術の理解は必須ですし、それがあって初めて、自身で考え抜くことが出来るのではないでしょうか。その結果として技術を導入あるいは適応するタイミングも判断できることになります。

指数関数的に進むテクノロジの進化

経済的生産性をサイクルで捉えると、なぜ日本がデフレ状態から脱却できず、グローバルでも金利が上がらないかを説明できます。すべての産業構造の変化を歴史から捉えるとより明確になるとは思いますが、それは経済学者に譲るとして、デジタルへのシフトは関連技術の導入あるいは適応タイミングのサイクルのズレから説明することが可能です。

デジタル及びその関連技術ですから、根底にあるのはコンピューティングです。コンピューティングを行う技術が、コンピュータの H/W と S/W そしてそれを利用するのがアプリケーション S/W となります。コンピュータの H/W は、1900年代の機械式計算機、1940年代の真空管式計算機、1960年代のトランジスター式計算機、1970年代以降の IC/LSI 式計算機と技術基盤は変化してきています(この次は量子式)。先にも述べたように性能単価がものの、おおむね5年で 1/10 程度になります。1980年を起点として、つまり40年間で見ると性能比単位コストは約1億分の1になっています。この変化は常に指数関数的に起こっています。

メモリーやストレージでも同じで、1980年を起点として40年間を見ると、単位コストはメモリーが約1億分の1に、ストレージに至っては約10億分の1になっています(本来詳細な分析を行うなら、インフレ率等も考慮しなければならないが、ここでは捨象します)。

さらに考慮しなければならないのは、単にコンピューティング性能価格比だけでなく、通信・ネットワークの性能価格比も同様に指数的な向上が行われていることも忘れてはなりません。H/W は、電子工学や半導体のプロセス技術により、ほぼ指数関数的にコストが下がっています。これがいわゆるムーアの法則で、直近は物理限界が来ているものの論理的な取組みにより、まだ同様のペースで向上すると見て構わないと思います。

当初は文字通り、「計算」を速く行うことを目的としたコンピューティングが、性能対比費用が下がることにより目的が変化してきました。企業での利用では、会計管理をはじめとする「記録」を正確に行う SoR (System of Record) の世界。次に「記録」を子細化し分析し洞察を得る SoI (System of Insight) の世界。そしてデジタルにも通じますが、分析の範囲を広げることで顧客や利害関係者を効率よく結ぶために SoE (System of Engagement) の世界が広がってきています。ただこれはそれぞれの施策を行うために、その費用が適切な水準に落ちてきたからこそできる話であることは、お分かりいただけると思います。

一方 S/W の進歩は H/W に比較すれば遅々としたものですが、それでも機械語からニーモニック言語であるアセンブラ、さらに人間が記述しやするするための手続き型言語、対象を概念的にとらえるオブジェクト指向型言語、さらに手続きを包含した概念での仮想化、その接続を標準化する API、さらにマイクロサービス化と、生産性を上げる手立ては通信技術の進歩と低廉化を含めて、常々新しい技術が登場してきていることも事実です。

アプリケーションは指数関数的に進化するか?

こうしたコンピューティングの H/W や S/W の進展に比較して、応用技術としてのアプリケーションについては、どうでしょう?容易に想像がつくと思いますが、この変化と価格性能比を生かせる応用とはかけ離れた進捗でしかないと筆者は見ています。シュンペーターがイノベーションという言葉を使ったのは、1912年の『経済発展の理論』で5つに分類しています。1)プロダクトイノベーション、2)プロセスイノベーション、3)マーケットイノベーション、4)サプライチェーンイノベーション、5)組織イノベーションです。「新結合の遂行」という言葉も使われますが、それぞれをコンピューティングの応用として当てはめた場合の応用領域は SoR、SoI、SoEでもよく分かるかと思います。

 一方同じイノベーションと言う言葉を、クリステンセンは 1997年の『イノベーションのジレンマ』で、持続的なものと破壊的なものがあると深堀しています。コンピューティング応用技術としてのアプリケーションでも、イノベーションに相当するそれも破壊的イノベーションに相当する応用であれば、変化率は劇的に大きい結果をもたらします。しかしながら本当の意味での「破壊的」イノベーションは何度も起きるわけではなく、改善が継続的に行われるだけでは劇的な変化率を得ることは難しいことになります。もちろん継続的な改善を否定しているわけではなく、関連するイノベーション領域も取り込みながら改善を行うことで変化のスピードを上げる努力が必要なことになります。

少し遠回りをしましたが、経済的生産性指標を H/W 価格性能対比サイクル(サイクルは回転率と言っても良い)、S/W 価格性能対比サイクル、応用アプリケーション価格性能対比サイクルの観点で見れば明らかなように、相対的に言えば$y=x^n$ のような指数的進展、$y=nx$のようなリニア的な進展、はたまた$y=\frac{ 1 }{ n }x$レベルの進展ということになります。これを生産性と置き換えて、価格として回転数と捉えれば、H/W 領域の超デフレの恩恵を応用アプリケーション領域が受けなければ、その生産性の差分は広がるばかりでデフレ状態の脱却は不可能という見立てです。ただし応用アプリケーション領域で破壊的イノベーションが行われる場合は、一時的に劇的な生産性効果を得ることで追いつくことは可能です。

これを米国、日本、中国で見ると、米国はこの破壊的イノベーションを比較的起こしやすい環境にあり、日本は持続的イノベーションを地道に行い、中国はそもそもスタート地点が違い H/W 価格性能比サイクルの後半以降から応用となるため改善も破壊的イノベーションも必要のない成長初期段階にあると言えます。少々乱暴な論理とは言え、結果、米国は成長を維持でき経済学上のデフレも抑えられますが、日本はデフレから脱却できず、中国は後進の恩恵を享受する構図になっているのでは?と見ることができます。

日本の労働生産性は、日本生産性本部が発行した2017年度の資料によると、47年間連続して主要先進7ヵ国(G7)で最下位だそうです(https://www.jpc-net.jp/intl_comparison/)。製造業の生産性はトヨタ生産方式に代表される改善活動により高いものがありますが、そのほかの産業が足を引っ張っています。1980年以降第3次産業(サービス業)の割合が高まり、2010年時点で70%を超えています。直近では第4次産業(デジタルをベースにする産業、Wikipedia の定義では「物理、デジタル、生物圏の間の境界を曖昧にする技術の融合によって特徴づけられる」産業と言う事)という言葉も出ており、3次及び4次の割合がますます増えてきています。ここでの生産性は、ベタな言い方になりますがホワイトカラーの生産性になります。このホワイトカラーの生産性を支えるのが、まさに IT 技術そのものなのはこのコラムを読む皆さんであればご賛同いただけると思います。

狂騒から競争へ、その先にある協奏へ向かう

新しい破壊的技術の取込の遅れは、こうした環境の中では致命的になります。もちろん役立たない技術を無駄に採用しないことは、経営としても CIO の職務としても当たり前なのですが、繰り返しになりますが、その判断を正しく適切なタイミングで行わなければならないことが必要になります。

技術を正しく理解しないで、はやり言葉や思い込みで検討を行うのだとしたら、これは単なる「狂騒」に過ぎません。昨今で言えば AI がその代表格、AI がどのような要素技術から構成されており、どのような組み合わせで利用すれば、何の目的のために使えるのかを正し理解の元行わなければ、そこに投資をしたところで単なる無駄遣いに終わります。ベンダー側のマーケティング用語に踊らされているのでは困りますし、技術を正しく評価できていれば踊らされることもないはずです。

一方、適切なタイミングで技術を取り込まないことも、生産性という果実の刈取りを遅らせて、取ろうと思ったときはすでに手遅れにもなりかねません。だからベンダー側のマーケティングに惑わされずに「競争」を行う必要があります。皆さんは違うと信じていますが、日本の場合、他社事例の有無を確認してから技術の採用を決める話をよく聞きます。ベンダーも盛んに事例集を作りたがります。これでは適切なタイミングは計れず、常に周回遅れ、あるいは腐った果実を拾うだけではないでしょうか。「競争」に負ける以前に、土俵に乗ることすら出来ません。自らサイクルの遅さを生み、いつまでたっても追いつけない状況を生み出しているとも言えます。

もし技術を正しく適切なタイミングで採用できるのであれば、これは「協奏」として開発をしているベンダーもそれを利用する企業も win-win の関係になります。単なる生産性だけではなく新たなビジネスモデルも創出できると思います。CIO は技術を正しく理解し、その応用を適切に行うためのタイミングを、潮流を正しくとらえて、果実が熟す前に刈取りの準備が出来る唯一のポジションだと確信しています。

オリックス生命保険株式会社
チーフイノベーションオフィサー兼チーフインフォメーションセキュリティーオフィサー
菅沼 重幸