オピニオン
アフターデジタルの世界において革新を生む「2つのチカラ」
更新: 2019年9月1日
「アフターデジタル*」の世界は、日常のすべてがオンラインとなり、その中にオフラインが包含されるOMO(Online Merges with Offline)の時代となる。様々な顧客接点から高頻度で集積される行動データに基づき、顧客毎にユーザエクスペリエンス(UX)が設計され、長期視点で顧客に寄り添ってゆく世界が来る。中国やリトアニアや北欧では、一部でこのような世界が実現されつつあるという。これはゼロベースで初めからOMOを念頭に置いて作った世界であり、日本にとっては国家レベルのイノベーションのジレンマの危機を感じる。
さて本題に移ろう。海外勢が国境を意識することなく構築しつつあるOMOの世界を前提としたとき、日本企業はイノベーションのジレンマをどのように乗り越え、デジタル変革を推進してゆくべきか?また、その過程においてCIOやIT部門はどんな貢献ができるかを考えてみたい。
今や日本でも、デジタルなしにはビジネス変革を考えられない状況だが、ほとんどは持続的イノベーションにとどまる。OMOはオンラインがベースの全く異なる世界なので、非連続なイノベーションが求められるが、既存ビジネスから離れられない多くの日本企業では取り組みが進まない。
一方でベンチャーはデジタルの活用で革新をもたらしている。面白いことに、ヘルスケアのベンチャーであっても、自らを「テックカンパニー」と言い切る企業も多く、ドメインの専門性がビジネスモデル革新に必須ではないことが分かる。
こうした競争環境の中で企業には何が必要だろうか?既存顧客を相手に見えている市場での戦いではないため、これまでの戦い方では埒が明かないのは当然だ。不確実な世界で破壊的イノベーションを成功させる重要な要素として、筆者は、物事の”本質を見極めるチカラ”と”勇気をもち変化を推進するチカラ”の2つを、組織の中に育てていくことが重要と考えている。
1つ目のチカラは、様々な現象の裏にある物事の本質、人の行動の原因になる本質を見極め、その本質に働きかける方法を見つけることである。これまでとは異なる本質へのアプローチを見つけるのがイノベーションであり、デジタル技術はここに強力な選択肢を提供する。しかし明確に見えている本質は稀で、実は顧客も自分を突き動かす本質に気付いていないことが多い。
このチカラを養うには、各々の経験でどれだけ深く突き詰め、やりきってきたか(GRIT ) が重要である。ある種のひらめき体験を積み重ね、イノベーションの種に気付く感性が養える。ここに、幅広い興味や、目的意識を持って知識を蓄える努力が加わるとイノベーションを加速的に推進する。イノベーションは天才だけに与えられるものではなく、後天的な努力により養える力である。
2つ目のチカラは、ひらめいたイノベーションの種を形にするためのチカラである。自ら信じる強い”思い”をもち、その実現に向け見えない未来や結果に対し失敗を恐れず、誰も踏み出したことのない初めの一歩目を踏み出す”勇気”とも言える。自分のコンフォートゾーンから脱し、数々の越権行為をしながらやりきらなければいけない。もちろん、やみくもに立ち向かうのではなく、会話により仲間を作ること、計画を立てリスクを管理しながら確実に推進してゆくプロジェクトマネジメントが、その一助となる。
最後に、この2つの力を育てる組織、つまりデジタルによる破壊的イノベーションを推進する組織について考えてみたい。デジタルを担うのはどの部門?という問いがよくあるが、無意味な議論だと思う。OMOではデジタルで繋がったオンラインの世界が企業活動そのものであり、すべての組織がデジタルにかかわらなくてはいけない。
また数か月単位など短期間でモデルが変化するため、組織の末端まで一人ひとりが市場に敏感に反応し、試行錯誤することを求められる。したがって前述の2つのチカラをいかに組織の中で育成するか、それを発揮できる環境を各組織の末端まで浸透させるか、が重要となる。こう考えるとすべての組織ということになるが、実はCIOやIT部門が元来、イノベーション人材を育てているのではないかと思う。
様々な部門と人的に交流し、幅広いプロセスに深くかかわり、継続的な変革を“実践”している組織は他にない。またCIOやIT部門は外部企業や内部組織の複雑な人間関係を理解し、変革をリードするプロジェクトマネジメントを豊富に経験している。物事を深く突き詰め、やりきる中で、多様な視点を持った人材もいるはずだ。そのような人材が業務の視点で一歩踏み出せないのは、組織がメンバーの”思い”や”勇気”をそぎ落とすようなマネジメントを行っているからだと感じている。
この状況を解決するには、トップがデジタル技術の戦略的重要性を理解し、経営視点を持ったデジタル技術の責任者と直接タグを組む必要がある。その上で、方向性を重要部署と共に具象化し、小さな成功体験を短期で積み重ね意識改革を進める。組織については長期に顧客に寄り添い、UXを最大化してゆくことが目的のため、顧客ジャニーを基点に垂直統合された組織に切り替えてゆく。蓄積したデータを基にUXを数値化し、サービス開発部門から営業まで同じKPIを持ち顧客体験の最大化に集中することも重要となる。
メンバーが持つ“思い”が直接顧客に届き、そのフィードバックがリアルタイムに見えることで、さらに強い“思い”と“勇気”が市場の“本質”に応える形で醸成され、高速にイノベーションが回る。日本企業が元来持っている顧客に寄り添う文化とデジタルを共鳴させ、2つのチカラによって日本らしいOMOの世界を世界に発信できれば良いと思う。
*「アフターデジタル」 藤井保文、尾原和啓著、日経BPマーケティング
みらかホールディングス
デジタル戦略本部長
金子 昌司