cio賢人倶楽部 ご挨拶

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DX推進に向けたケイパビリティの獲得の必然性

更新: 2020年1月1日

 経済産業省のDXレポートが経営陣に警鐘を鳴らしたこともあり、昨今、コンサルティングの現場ではデジタル化に向けた相談が多い。中には世間がDXと騒いでいるため、「当社も何かやらなくては」という漠然とした依頼や、経営陣から「AI、IoTのテクノロジーを活用して何かできないのか?」と言われて、現場が慌てて相談してくる残念な例も実際にある。もっと残念なのが、「我が社はRPA導入でDXを推進している」と安心している経営陣である。

 もちろんそれらはDXの本質から遠い。本質はテクノロジーを活用した新たなビジネスモデルの創出と、そのケイパビリティの獲得に向けた組織全体のトランスフォーメーションにある。では前者はさておき、後者、つまりDX推進のためのケイパビリティをどのように確保していくか?結論から言えば、以下の4つのオプションが考えられる。

① 自社でDX人材を確保・育成する(内製化)
② 外部からDX人材を獲得する
③ ITベンダー(コンサルタントを含む)を使い、ベンダーマネジメントに徹する
④ ITベンダーと協業する(又は買収する)

DXケーパビリティ獲得の4項目を考察する

 それぞれについて考察しよう。まず①自社でDX人材を確保・育成する(内製化)は理想ではあるが、相当に時間を要する。ましてや基幹系システムの開発・運用を担う既存のIT部門だけでDXを推進することは困難だ。DXは潜在的なニーズに対して、テクノロジーを活用して新しい顧客体験の価値を作り出す必要がある。

 これは社内の事業部門から顕在化したニーズをヒアリングし、要件を整理してシステム化する従来のアプローチとは根本的に異なる。テクノロジーに関する知識に加えて、顧客やエンドユーザーに対する深い洞察も必要だし、アジャイル開発、DevOpsなど新たな開発手法の獲得も必要だ。しかし自社の事業にも、新しいテクノロジーにも精通した人材は少ない。事業に精通した事業部門とテクノロジーに精通したIT部門の人材が一体となって推進する必要がある。

 またDX推進に必要な全ての機能を完全に内製化することは現実的ではない。競争優位の確立に向けて自社でノウハウを保有すべき機能、外部に任せていてはスピード感が出せない機能など、自社が最低限保持すべき機能を見極め、外部リソースで補完することが現実的である。まずは何をインソースし、何をアウトソースするか、ソーシングの方針が必要だ。

 「②外部からDX人材を獲得する」については、昨今、プログラミングに長けた人材やデータサイエンティストなどの争奪戦が世界中で繰り広げられている。日本企業の人事制度のままで、こうした争奪戦に参加するのは難しい。そこで一部の日本企業は役員級の待遇での中途採用や、破格の報酬で優秀な新卒を獲得できるよう人事・給与制度を見直し始めた。

 ただし、この取り組みは必要条件ではあっても、十分条件ではない。他社に見劣りしない報酬を提示して優秀な人材を獲得したとしても、経営トップが世の中を大きく変えるワクワクするようなビジョンや方向性を示したり、強力なリーダーシップを発揮したりしない限り、すぐに見透かされて辞められてしまうだろう。

 では「③ITベンダー(コンサルタントを含む)を使い、ベンダーマネジメントに徹する」はどうか?よく言われるように、欧米企業ではIT人材の約7割が事業会社に所属しているのに対して、日本は逆で約7割がIT企業(ITベンダーなど)に属しており、欧米と日本ではIT人材の所属先が大きく異なる実態がある。

 この構造が短期的に大きく変わることはないため、将来的に自社で内製化を目指すにせよ、日本企業は当面、ITベンダーをうまく活用せざるを得ないことになる。これまでのITベンダー活用との違いは、いわゆる”丸投げ”ではなく、しっかりと主導権を握ってベンダーをマネジメントすることにある。同時に、当初は自分たちで出来ないことを外部に任せつつも、いずれは自ら出来るように、積極的にスキルトランスファーを受ける必要がある。

やはり問われるマネジメントの覚悟

 最後の「④ITベンダーと協業する(又は買収する)」は、自社にない能力の早期獲得という点で有効な手段の一つだ。コンサルティング会社やITベンダーとの資本業務提携や、JV(ジョイントベンチャー)を設立する事例も出てきている。ただし、こちらも③と同様にアライアンス先にお任せではなく、彼らから積極的にノウハウを吸収し、仮にアライアンスを解消しても自分たちだけでやっていけるだけの実力を獲得していくべきである。

 上述したDXの推進に向けたケイパビリティ獲得の4つのオプションを選択・採用せず、現状ビジネスの延長線上に固執したり、環境変化への適応を躊躇したりすれば、業界によりスピード感は違うにせよ遅かれ早かれ、新たなディスラプターに浸食されてしまうことは間違いないだろう。一方でオプションの実行は、どれをとっても簡単ではない。全社的な業務プロセス、組織・人材、各種社内制度、組織風土の改革を伴う全社的なトランスフォーメーションだからである。

 したがって実行には経営陣のリーダーシップが不可欠だ。変革の牽引役であるCIOやCDOは、この危機感をCEO含めた経営陣全体で共有するための責務を負っている。どのオプションを選択するかは企業の事情や業界によって異なるが、リーダーシップを発揮してDX推進に向けたケイパビリティの獲得に向けた大胆な意思決定と行動を早期に起こすべきだ。

PwCコンサルティング合同会社
パートナー
荒井 慎吾