cio賢人倶楽部 ご挨拶

オピニオン

日本企業のDXを阻むもの

更新: 2020年3月1日

 2019年12月、筆者が代表理事を務めるIIBA(International Institute of Business Analysis)日本支部はフォーラムを開催した。その基調講演に登壇してもらったのが、デジタルビジネス・イノベーションセンター(DBIC)の共同創設者の西野弘氏である。代表の横塚裕志氏と2016年4月にDBICを創設し、エグゼクティブ向けの講義やワークショップなどを通じて大企業にDX(デジタル変革)をもたらすべく取り組んでおり、何10社もの企業の実情を知る立場にある。氏の話は大いに示唆に富んでいたので、ここで紹介したい。

 講演の冒頭、西野氏はこう語った。「話題を集めた経産省のDXレポートは”2025年の崖”という言葉で、”日本企業はこのままだと崖から落ちる”と指摘した。しかし実際のところ、多くはすでに崖から落ちてしまっており、今は崖をどうよじ登るかこそが問題だ。それくらい根本的な認識が違っており、日本はやばい状態にある」。まさに正鵠を射た指摘だと思う。一体なぜ、崖の下に落ちているのに、それに気づかないのだろうか?西野氏によれば、3つの課題があるという。

 第一は日本の経営者をはじめとしたビジネスマンの危機感のなさやマインドセットの古さである。多くの経営層は危機感が薄く、21世紀に入っているのにまだマインドが20世紀のままだという。さすがに”Japan As No1”とか、”高品質の製品を安価に作る”とか、そんな幻想を抱いている向きはほとんどいなくなり、口を開けばデジタルに言及する。が、それは表面的なことにすぎず。長期的ビジョンを持たないし、リスクをとって挑戦しようともしないのだ。

 中堅どころの社員にいたっては経営層以上に危機感がなく、世界を知らない。サラリーマン生活にどっぷり浸かっていて自信がなく、勉強しようとしない。口癖はいつも「忙しいし、予算がない」で、働いていてちっとも楽しくないので表情は暗い。新しいビジネスモデルや数々の社会課題を鋭い感性で認知しようとせず、自分の頭で深く考えない。結果、多くの人が思考停止に陥っているという。例外は少なからずあるにせよ、当たらずといえども遠からずだろう。

 第二に、顧客の視点から考える能力が決定的に欠けている。どんな企業も顧客志向をうたうものの、実際には売上げや利益=自社が大事で、自社の製品やサービスを最優先する。顧客にあわせてそれらを変えるのは大変だから、顧客を変えようと活動する。「会社員」になりきっており 、「生活者としての自分」を見失っており、せっかく顧客視点を重視したデザイン思考を学んでも本質を理解できず、実践ができないという。

 第三は、既存事業の変革や新規事業の創出、つまりイノベーションを推進する能力がないことだ。事業をイノベーションした経験がない経営幹部は、若手から斬新な提案があっても本質を評価できずに、マネタイズの議論に持ち込む。よほどダメな事業ならともかく、たいていの場合はそれなりの利益を生んでいて先が読みやすい。斬新な提案はそうではないので、前に進めない。これに成果主義という名前の減点主義の評価制度が相俟って、多くの取り組みはPoC(概念実証)症候群に陥ってしまい、公園のレゴ遊びのレベルを超えられないという。

 いずれの指摘も筆者は全く同感だ。日本の経営者の多くが出世街道の終点として、次を狙う人たちの神輿に乗っている。確固たる長期ビジョンやテクノロジーへの深い洞察を持たず、何かをする時の判断基準は数値だけである。しかし数値を追いかけるのなら、AIにでも任せておけばいい。事業の本質とそれに携わる人間の思いを見抜く眼力が、なによりも経営者に必要なはずである。社内政治に如何に勝つかに凌ぎを削ってきたせいで、今世界がどう動いていて、日本が如何なる状況にあるのかを知らないのだろう。

 さらに政府の政策や、高度成長時代の成功体験に引きずられている硬直化した産業界の風土が、それを後押しする。社員の多くは社内の仕事や人間関係を重視し、外の世界へ踏み出さない。よほどの失敗をしない限り首になることがない雇用規制に守られて、ぬるま湯にどっぷり浸かり、現状に疑問を持たない思考停止状態のサラリーマンを多く生み出した。欧米やアジア各国中国で進むデジタル化も他人事。「今の日本企業がヤバイ!」という危機感を持つこともないのだろう。

 西野氏は「五感を取り戻して、アンテナを高く張り巡らすことが必要だ」と話す。その上で好奇心が強く、自分で意思決定して実際に行動する人、競争でなく共創ができる深い認知能力をもった人財を育てていく必要があるという。心の底からこれをやりたいという大きなパッション(情熱)を持った人材が出てこないことには、DXは進まないのだ。そのためにリーダーは、そういう企業風土・環境を作らなければならない。もっと多様性を認める、少し変わった社員が居てもそれを許容する文化を作っていかなければならない。

 さらに西野氏からデジタル化を推進していくリーダーの四つの心得を披露していただいた。1つ目は「誰からでも学ぶ姿勢」だ。下請けの取引先からはもちろん、開発途上国の人たちや、あるいは高校生などの若年層からも謙虚に学ぶことが大事だ。知ったかぶりはせずに、自分が知らないことを恥かしがらずに、学び続けるという姿勢が大事だという。

 二つ目は「朝令暮改」の薦めだ。イノベーションを起こすには、最初に立てた計画や予算に縛られない判断と意思決定が大事である。経営や事業環境は目まぐるしく変わり、テクノロジーも日々、進化するからである。変化や進化を取り込む柔軟な進め方をしていかなければ、予算を守っても会社がつぶれたら元の木阿弥だからだ。

 三つ目が「夢を持つ」ことだ。10年スパンで実現したいことを描こうではないか。ROIの数値などに振り回されずに、ありたい未来のビジョンに従い、適切な判断をしていかなければDXは前進しない。というと難しそうだが、筆者は「自社は何のために存在するのか。社会や経済に貢献できることは何か」を再定義することで、10年後の自社が見えてくると思う。

 最後の四つ目は「エンゲージメント」だ。何ごとも一人だけではなしえない。だからイノベーションに一緒に取り組める熱く深い仲間をつくることは重要だ。互いに上から目線にはならないようにしながら、励まし合って、夢に向かい共に進める関係を作ることが大事である。

 CIOをはじめとするリーダーは、こういった4つの心得を胸に刻み込まなければらない。そうしたリーダーがいて初めて、イノベータやエンジニアやデザイナーなどの人材が数多く育つからである。崖の下に落ちた企業が崖をよじ登り、力強く前進できるかどうかは、リーダーにかかっている。

TERRANET 代表
寺嶋 一郎