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温室効果ガス削減とITの役割

更新: 2021年6月1日

 コラム執筆の機会を頂き、ありがとうございます。筆者はエネルギー関連企業でIT統括の仕事をしています。今回の内容については、筆者の私見であることをご了承ください。

 さて温室効果ガス削減は、喫緊の課題として取り組まなくてはならない大きなテーマです。単純に減らせば済むわけではなく、エネルギー問題と直結するため経済面への配慮が不可避という難しい課題もあります。そのため技術面や経済面で様々な手法が検討、提案されていますが、ここではITの側面から徒然に考えてみました。

 まず温室効果ガスについて改めて整理しましょう。CO2やメタンなど温室効果ガスは、もともと大気に含まれており、大気が暖かい状態で保たれるのに役立っています。ところがそれらの量が増えることで宇宙に放出されるはずの熱(赤外線)が大気中に留まり、気温上昇を招いて様々な環境問題を引き起こしています。

 1997年、この問題に対応するために京都で開催された国際会議でいわゆる「京都議定書」が採択され、各国が定量的目標を定めて温室効果ガスを削減することが決まりました。その後は欧州・北米といった先進国と、中国や途上国の立場の違いもあり、順調に進捗しているわけではありません。しかしどの国・地域においても重要であることは事実であり、日本では今年、菅首相が2050年の脱炭素や2030年には対2013年比で46%削減を宣言しています。

 温室効果ガスは牛のゲップなどにも含まれますが、多くは化石燃料などが燃焼する際に発生します。化石燃料はエンジンやボイラーのように直接燃焼させることでエネルギーを生み出すとともに、発電のために利用されます。すなわち排出量の抑制や排出ゼロを目指すと、エネルギー消費を抑制することにつながり、電力や石油、ガス、鉄鋼、輸送など燃料を大量に消費する産業の競争力に影響します。「あちらを立てればこちらが立たず」になるのです。

 このような矛盾を解消し、温室効果ガス削減と経済成長のバランスを取るために、通常の省エネはもちろん、CO2を排出しない再生可能エネルギーなど技術開発の促進が行われています。太陽光や風力による発電がその例です。同時に温室効果ガスの排出を抑えるための経済的手法として「カーボンプライシング」が利用されています。

 カーボンプライシングは大きく炭素税と排出権取引に分けられます。炭素税は、道路財に使われる源揮発油税と同様のアプローチです。化石燃料などに課税して使用を抑制したり、税収を環境負荷軽減に使います。もう一つの排出権取引は、事前に国や企業で決めた温室効果ガスの枠に対して、削減幅が大きく余った国や企業と削減幅が小さく足りなくなった国や企業の間で取引を行うものです。

 「対〇年比〇%、○○万トン」などと言われる排出権の割当や取引の方法についてはCap&TradeやBaseline&Creditが知られており、さらにCap&Tradeにはグランドファザリング、オークション、ベンチマーキングといった取引方式があります。一方で国別割り当ての公平性、カーボンリーケージなどの課題も残り、世界的な取引市場の整備は今なお途上です。

排出権取引におけるITの役割は大きくなる

 ここでITの側面から考えてみたいと思います。最近、米有力EVメーカーのテスラ社が「仮想通貨のマイニングに電力を消費しすぎるので、ビットコインの利用をやめた」とのニュースがありました。これが示すように、コンピュータが大量のデータを高速に処理することは大量のエネルギーを消費するに直結し、特にデータセンターはその代表格と言われています。

 放置すれば環境に影響を及ぼすだけではなく、利用してもらえなくなるので、多くのデータセンターは省エネに取り組んでおり、中には再生可能エネルギー100%の利用を宣言しているところもあります。クラウドにおいてはマイクロソフト社が「Azure Sustainability Calculator」を提供開始し、企業が自社の排出量を可視化したり分析したりできるようにしています。

 サービスの消費側の立場からは、このように省エネや消費の可視化が進むことが想定されます。一方で供給側で見れば、発電の効率化から始まり、ロスの少ない配電、さらにIoTによる需要の可視化とダイレクトレスポンス、ブロックチェーンを利用した再生可能エネルギー発電の認証、仮想発電所(VPP)などが、実用化に向けて進んでいます。

 そこで需給の両サイドと先ほどの排出権取引と組み合わせて想像してみます。排出権自体は割当もしくは調達された経営資源と見ることができます。先述した通り、排出権取引市場が形成されれば、適切な価格で不足分を調達、もしくは(省エネ努力で生み出した)過剰分を売却できます。そのためには不足しているか、過剰なのかを可視化することが必要です。

 現在は、年間の事業活動にリンクして決められた排出係数を用いて理論的に集計することになっています。一方で市場を利用できれば、排出権の需要を予測することで、調達の選択肢が広がります。さらに再生可能エネルギーの調達も選択できると、排出権を調達するか再生可能エネルギーを調達するのかといった選択も可能になります。

 このような状況では年に1回の頻度で排出量を集計する程度では間に合わず、大口のエネルギー利用業務については月次、あるいはそれ以上の高頻度での集計が求められるかもしれません。そのときは需要サイドではIoTを利用したエネルギー使用量の収集、供給サイドは再生可能エネルギーのラベルの付いた電力の提供に加え、排出権と連動して管理できるシステムが開発されるかもしれません。

 このように考えると近い将来、ERPが管理・処理するResourceとして、ヒト、モノ、カネ、情報に加えて排出権が加わってくる世界が到来するかも知れません。今はまだ「たられば」の夢想の世界ですが、温室効果ガス削減に向けてITの力が発揮できる分野はまだまだありそうです。ぜひ、知恵を出して一助としたいと思います。

出光興産株式会社
情報システム部
久保 知裕