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「ヤマアラシのジレンマ」から適切な距離感を学ぶ

更新: 2021年8月1日

 読者の皆様は「ヤマアラシのジレンマ」という話をご存じでしょうか。ドイツの哲学者であるショーペンハウアーが作った寓話です。映画にもなったアニメ、「新世紀エヴァンゲリオン」が好きな方でしたら、エヴァの開発者であるリツコが人間関係作りが下手な主人公のシンジに向かって、「ヤマアラシのジレンマは人間にも同じことが言える」といったセリフを思い出していただければと思います。

 ヤマアラシは背中に長く鋭い針状の毛を持つ哺乳類です。敵を威嚇する際に尾を振って大きな音を立てるのですが、その音が山に吹き荒れる嵐のようだというところから、その名が付きました。同じ針を持つ動物のハリネズミやハリモグラが防御的に針を利用しているのに対し、ヤマアラシは針を逆立てて後ろ向きに突進するなど攻撃的に針を活用します。ホント、名前にふさわしい行動です。

 そんなヤマアラシのジレンマは、『ある冬の寒い日、ヤマアラシは暖を求めて集まりました。ところが互いの針が刺さるので、慌てて離れました。でも、やっぱり寒いからと近づくと、また針が刺さります。そんなことを繰り返しているうちにちょうど良い距離を見つけることができた。』というお話です。ショーペンハウアーはこの話を通じて、人と人との適切な距離のあり方を説明し、自己の自立と一体感のバランスを説きました。いかにも頭の良い学者が考えそうないい例えですね。

 ただし、ヤマアラシの名誉のために付言すると、実際には針を差し合うようなことはしません。暖をとる時には針のない頭の部分を寄せ合うのです。残念!ショーペンハウアーは実際のヤマアラシの生態を見ずに、机上の想像だけでこの寓話を作ってしまったようです。

 とはいえ、適切な距離を図るのはシステム開発の中でも大切なポイントではないかと思います。新たなシステムを作る時、まずは利用者のニーズや課題を聞いてシステムの機能を設計します。出来上がった仕組みが有効に使えるように、できるだけ多くの時間をかけてプランを練るのが従来の手法です。

 業務上失敗のできない仕組みはこのスタイルをとらざるを得ないところがありますが、この従来手法の最大の弱点は最終的にその仕組みを使う人と作る人との距離にある気がします。その距離が「なんだ、この仕組みの使い勝手は悪いな」とか「もっとこういう仕組みだったらいいのに」という発言を生んでしまっているように思えるのです。

 一方で最近、そうではないシステム開発手法が注目されています。最初にプロトタイプ的なものを作り、使ってもらいながら見えてきた課題をチューニングしていくものです。利用者の協力と失敗に対する寛容な気持ちが必要にはなりますが、適切な距離が作れればお互いに納得しながら仕組みを作るので、結果として早く安くシステムができるというわけです。ANAでもアジャイルと呼ばれるこのスタイルの開発が少しずつですが、始まっています。実際のヤマアラシがそうであるように針でつつき合うのではなく、頭と頭で進めていきたいと思っています。

全日本空輸株式会社
イノベーション推進部 部長 
野村 泰一