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共同無責任体制からの脱却がDXに取り組む必要条件だ

更新: 2021年10月1日

 ここ数年、DX(Digital Transformation)という言葉があちこちで語られる。DXとさえ言っておけば安心するかのような風潮に違和感を感じる方は少なくないのではないか。少なくとも筆者はそうだし、ステレオタイプ的な盛り上がりとも映る。

 一例が多くの企業においてIT活用の様々な遅れが顕在化したCOVID-19への対応・対処である。待ったなしの状況で何とかリモートワーク環境を整備したり、いくつかの社内システムをスマートフォンに対応させた程度なのに、「わが社のDXは大丈夫そう」などと、肩をなで下ろしている声を何度か聞いたのだ。

 ここまで安直な企業は少数派かも知れないが、例えばレガシーシステムをどうするかに手間と時間をとられて、DXの本質を考えるためのスタートラインにすらついていない企業が多い気がしてならない。こういった弱者と、本質を理解して真剣に取り組む一部の強者との差は、今後ますます開いていくのだろうと思う。課題山積の中、そんな事態を招いている企業の意思決定における共同無責任体制に、危機感を覚える。

筆者自身の反省プロジェクトとは?

 社会人になりたてのころ、システム開発プロジェクトを進める上で決裁を仰いだ上司から言われた忘れられない言葉がある。「当たる宝くじを買ってこい。そういう内容になってなければ稟議は承認出来ない」である。当時、稟議書は何のために必要なのか分からなかった。この意思決定プロセスにおいて、決裁者の判断要素があると思えなかったからである。

 そんな経験を持ちながら、業務を効率化するために複数の企業で数多のプロジェクトに携わってきた。本来は、業務要件を整理する中で問題意識を持つこと、常識を疑って考えること、成果は定量的な結果で示すことなどが必要だ。しかし、上記の言葉から推察いただけると思うが、現状を振り切った形でゼロベースから変革を起こすことは容易ではない。筆者の反省プロジェクトを紹介したい。

 それはグループ全体で稟議回覧の電子化とリモート環境を確立するものだった。役員決裁を含めて1件あたり平均14日かかっていた時間を1.5日に短縮し、損益にも大きなインパクトをもたらすことができた。この点では成功だったが、しかし、DXの本質=原点に立つと不十分だった。稟議回覧をなくす、つまり稟議という日本特有の意思決定プロセスをなくし、代替えのプロセスを確立する変革に至らなかったのである。

 恥ずかしながらリニアな思考の延長上にしか、業務の効率化を捉えられていなかった。それでもメリットはあったが、ノンリニアな思考で稟議がなくても良い経営インフラ創出まで徹底的にやるべきだったという反省もある。ここにDXの本質へ繋がるものがあると個人的に感じているからである。

 以前に在籍した外資系IT企業の日本法人では当たり前のように稟議書はあったが、米国本社はそうではななかった。彼らは容赦なく意思決定の遅さに不満をぶつけてくる。「日本では誰が責任者なのか?どうしてこんなに時間がかかるのか?道中、結論は変わるのか?」と。それに対して日本特有の意思決定プロセスを、一から米国本社の関係者へ説明するために苦労したことを今でも覚えている。

 何かを実施する時、米国本社のSVP(上級副社長)に相談する機会も度々あった。返ってくるのは「その問題は私の責任の範囲か?それとも外か?」だった。日本的に「皆が賛成し、私も賛成」である事実を証跡として残すことに意味がないとは言わない。だがVUCAの時代と言われ、変化の激しい経営環境において、時間を失っていることへの危機意識はどれだけあるのだろうか?

 稟議回覧のプロジェクトに限らない。見える化のためのワークフロー導入や効率化のためのRPA導入、AI活用など、リニアな思考の延長線上で進めたものは多い。もちろん常にBPRを前提としていたが、「それでも足りていないかも知れない」という視点を持ち込めていなかった可能性がある。

DXの前に、意思決定プロセスや組織の再考を!

 こうした過去、手がけてきた成功プロジェクト、反省プロジェクトを俯瞰して改めて感じるのが、規模の小さなプロジェクトでもよいので、DXの本質を意識し一度立ち止まってノンリニアな思考での成長シナリオを関係者でブレインストーミングする時間を作ることの大切さである。そういったノンリニアな思考での成長シナリオを考える癖を持つ人や組織が、企業を飛躍させる原動力になると確信している。

 しかも今後はますます機動的なIT投資判断が必要になってくる。「石橋を叩いて渡る」ことを全否定はしないが、少なくとも「石橋を叩き過ぎて壊し、修復して渡る羽目になった」という事態は、事業や会社の存亡に関わるので避けなければならない。こう書くと「そんなことは当たり前」と指摘されそうだが、実際には石橋を修復して渡る羽目になることが少なくない。なぜか?

 答は冒頭に挙げた共同無責任体制が、日本企業の多くに見られるからである。したがって本気でDXに取り組むには、まずチェンジマネジメント、すなわち企業における意思決定プロセスや組織の再考が大前提になると感じる。それなりに責任と権限が明確といわれる欧米でも、「アジャイル・エンタープライズ」や「フェイルファースト」という言葉が喧伝されるのだから、日本ではなおさらだろう。

 DXの意味については様々な意見があるが、正解は企業毎に異なる。結局、外部からの様々な知見を取り込むにしても自分たちが考え、責任者が当事者として判断しなければならない。その判断をするための経営インフラの確立--共同無責任体制からの脱却を主眼とするチェンジマネジメント--が、本気でDXに取り組むための必要条件ではないだろうか。今日、この条件をクリアできず、IT/デジタル技術を武器にできない経営は、戦う前から負けていることに等しい。

株式会社digil
代表取締役社長
田口慶二(元オープンハウス CIO/CISO)