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衆院選の分析に思う、保守と革新

更新: 2021年12月1日

 2021年10月31日、任期満了に伴う衆議院議員選挙があった。結果は読者の皆様も知るところだが、選挙前には自民党の劣勢が報道され、また当日の出口調査の結果からしても過半数ギリギリ確保という情勢だったにも係わらず、261議席という絶対安定多数を確保した。なぜ予想が外れたのかも興味深いが、それ以上に筆者は投票行動の分析結果に非常に興味を持った。年齢層が高い有権者ほど野党に、20代や30代の若い有権者は自民党への投票が高かったことが示されたのである。

 誤解を恐れずに言えば、変化を望んでいるのは50代や60代であり、若い層は保守的だった。これは選挙に限らない。コロナ禍によりテレワークに取組んだ企業は多いが、パーソル総合研究所の調べで意外なことが分かった。20代の若手社員はテレワークに対してメリットよりもデメリットを感じ、出社意欲が他の年代より高いのである。背景には、ちょっとしたことを身近な先輩に聞くことができず、自分は他者と比べて成長が遅れているのではないかという不安があるようだ。このような面からも若年層の保守的な志向が見て取れる。

 読者の皆様はどうだろうか?変化を嫌がるのはおおむね40代以上の昭和世代であり、若年層は改革志向が強いという印象を持たれている人が多いのではないか?しかし、実態はそう単純ではなく、むしろ真逆といってもいいようである。

ITとDXの位置づけは、それぞれ保守と革新?

 経産省がDXレポートで示した「2025年の崖」などをキッカケに、DX(デジタルトランスフォーメーション)への企業の取組みは加速したように思う。しかし、何らかの成果を上げている企業はまだまだ少数である。これまでIT(情報技術)というくくりで、「経営とITは両輪」という言われ方をしてきたわけだが、そもそもITとDXは何が違うのだろうか?

 IT組織とDX組織を分けて設置している企業を見てみると、IT組織は効率化や生産性向上を実現し利益の確保を目指す「守り」=保守の組織。DX組織は新サービスの開発やデータ利活用によって競争力を高め売上を伸ばす「攻め」=革新の組織と位置付けている。どちらもデジタルテクノロジーを使う点は共通なので、別々の組織として設置する必要があるのか疑問があるが、CIOが営業やマーケティング、製造などのライン業務に精通していないということから、ライン部門出身者をCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)にして組織も分けるのが予定調和の一つの智恵なのかも知れない。

 今日、企業の中期計画や事業戦略にDXの文字を見ないことはなく、継続的に革新に取組んでいかなければ企業の事業成長が望めない時代に変わったことは、読者も異論のないところだろう。しかし冒頭の日本人の特性をみても、社員(特に若手)は心の奥では革新よりも保守を望んでいるのではないか。そこに目を瞑って革新(DX)一辺倒に突き進むと、足元がぐらつくのではないだろうか。

 特にコロナ禍でテレワークやオンライン会議が増えている今日、経営陣は若年層の社員とのコミュニケーションがコロナ禍以前に比べて不足しており、意識や認識のギャップを捕まえ切れていないと認識すべきであり、足元のグラつきを起こさないようにケアしなければならないと筆者は考える。

 そうすると「じゃあITとDXの比率はどのくらいがベストなのか?」という質問が出てくる。はっきり言えばこれには正解はないと筆者は考える。長い社歴があり、まだまだITに80%を費やしてインフラや基幹システムの刷新が必要な既存企業と、スタートアップ企業のように生まれながらにして100%近くDXへ投資して新たなサービスや事業を展開していく企業とはまったく異なるからだ。筆者の会社で言えばITが60%、DXが40%というところである。

 むしろ問題なのが、自社のDXはうまく行っているのかという評価のあり方である。DXへの投資がIT投資を上回れば「勝ち」なのかという話でもある。次から次へとPoC(概念実証)を実施しDX投資を食いつぶしているだけでは、決して「勝ち」とは言えないだろう。施策によって「価値」を生み出すことが本来の「勝ち」であると筆者は考える。

エンジニアの処遇改善とリテラシー向上策が急務

 では欧米に比べてDXが遅れているとされる日本企業は、どんな施策を実施すればよいのだろうか。また、どこで価値を出すべきなのだろうか。筆者としては、次の2つの施策でまず価値を発揮することを提言したい。ひとつはITエンジニアの評価(報酬)を上げる施策である。現在、高い専門性を持つIT系エンジニアを中途採用しようとしても困難である。大きな理由が既存の人事制度に起因する報酬体系の自由度の低さだ。

 例えば、AI系のエンジニアを普通に採用しようと思うと20代であっても軽く課長の給与テーブルと同等もしくは上になってしまう。そうすると人事からは「待った」が掛かることになり、採用を見送ることになる。一方、人事制度に合わせて低い年収を提示すれば応募者に逃げられてしまう。IT人材の不足を嘆くのではなく、CIOは人事担当役員と是非報酬制度以外も含め、抜本的な人事制度改定に取組んで欲しい。

 第2は、テクノロジーで価値を生む仕組みつくりである。単純にこれまで人が行っていた業務をテクノロジーで代替することに留まらず、人との協調によって社員の業務時間の使い方を変える、すなわち社員の行動変容を起こすような仕組みである。これが本来の社員の生産性向上につながる取組みだと言えよう。そのためには経営陣のテクノロジーに対する理解(リテラシー向上)と組織のカルチャー変革を成し遂げなければならない。これを進めていくにはテクノロジーに関する情報を、社内外に積極的に発信していくことが一つの解となりうると筆者は考えている。

 逆に年に数回、経営会議でIT部門の事業計画を報告する程度では、テクノロジーについて全く伝わらないと肝に銘じるべきだろう。ただ、これは伝統的で保守的な企業にとってはかなりハードルの高い作業である。そこで筆者の会社では“テクノロジー広報チーム”を組成。経営層向けのテクノロジー研修動画の作成や外部講師による勉強会の企画、また経営層のパーパスを話してもらい、それを動画にしてIT部門に公開するなど、双方向で相互理解を深める取組みを行っている。

 こう考えてくると、企業のCIOに期待される役割は大きく変わってきていると思う。CIOは保守か革新か。これまでは保守的な傾向が強かったが、自戒も込めて自らを革新していかなければならない時代になったのだと認識し、明日からの行動に活かしていきたい。(了)

パーソルホールディングス株式会社 
執行役員CIO
古川 昌幸