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”The日本企業”におけるDX推進のポイント

更新: 2023年6月1日

 私はこれまで3社で社内バリューチェーン、および顧客向けサービスのデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んできた。未だ道半ばではあるが、ここでは典型的な日本企業に共通する企業文化の中でDXを推進する上での気付きをお伝えしたい。

 生命体は通常の成長力に加えて突然変異(イノベーション)という能力を備え、大きな環境変化に適応しながら進化していく。それを持たなければ早かれ遅かれ、種が消滅するのが生命の摂理だからだ。企業も同じである。多くの日本企業が重視するのは品質や納期だが、変化が日常になった今日、それでは危うい。それらを大切にするカルチャーを磨きながら、継続的な変化を生み出すための新しい企業カルチャーを埋め込んでいくのがDXの主題である。

 先が見えない中で経営が道を示し、変化を受け入れたり自ら引き起こしたりする胆力を持つこと、失敗を恐れずにアジャイルに変化対応できるようになることが必要だ。そのために、経営から現場まで風通しよくトップダウンとボトムアップがバランスしている意思決定の仕組み、組織や会社を超えた協創文化、それに常に顧客基点で考えるカルチャー作りが重要になる。そんなカルチャーを構築するにはどうすればいいか?私の経験から、重要なポイントを以下に列挙する。

  1. 経営陣のコミットメント
     経営陣が率先して企業の目指す方向性を明確にし、現場と共に戦略を策定する。全社一丸となって取り組むことができるよう、ビジョンや戦略を社外にも共有し、逃げ道を断ち全面的にコミットしている状態を作る。既存プロセスの積上げ改善だけでは競争力を失墜するという危機感を醸成する。
    施策の実施においては、KPIを細かく設定しすぎないようにする。短期から中長期の視点までバランスよくカバーし、かつ適度にチャレンジングな目標とする。例えば財務指標にこだわり過ぎないようにする一方で、デジタル化を後押しするPoCの実施数、DX人財数、デジタルによる顧客接点比率、顧客満足などの指標を重視する。
  2. 組織横断チーム
     既存ピラミッド組織の異なる部門から、リーダーシップをとれるコア人材を選抜し、兼務として変革の為のネットワークチームを作る。よく見られる出島のような構造ではなく、二重構造にすることがポイントである。これにより縦割りの壁を超えて情報共有や協力を円滑にし、視線を自部署の目的達成から顧客に対しての価値提供に移行させる。
  3. イノベーション促進
     自社経験しかなく、視点が内向きになっているメンバーのマインドを変える。例えばスタートアップなど外部との協働やアライアンスを通し、アジャイルな働き方を実体験させる。オープンに自社の課題を共有しCVCなどを活用して広くパートナーを集めたり、競合と連携したりする取組みも必須となる。これらを通じて、サービスパイプラインを増強しつつ、ゼロイチの考え方や働き方を学ぶ。
  4. データドリブンなサービス改善
     DXの必要条件の1つはデータxAIで競争優位を作ってゆくこと。バリューチェーン効率化では、改善領域をざっくりとあたりをつけ、クラウドを活用したデータ基盤にとにかく一度データを集めて見えるようにしてみようという取り組みが意外に奏功する。並行して、真に顧客基点のサービス提供を目指し、特定領域で圧倒的多数の顧客と接点を持ち、そこから得られたデータによりサービスを継続改善してゆく仕組み(ハーベストループ)を構築することが新たな協創優位に結びつく。
  5. 従業員教育とスキルアップ
     独学や我流の取り組みはリスキーである。そこで中核人材を、外部サービスを活用したDXの座学や自部門の課題を持ち寄ったアイディエーション、あるいは外部のサポートを利用したフィージビリティ・プロジェクトに参加させ、実際の課題解決を通してDXを体感してもらうことから始める。数名からスタートし、目標は全社員の5~10%程度のメンバーをDX人財に育成する。この人数になれば、DXの火は消えにくくなる。
  6. 顧客基点のアプローチ
     DXの神髄は一人ひとりの顧客を深層心理まで理解し、本人も知りえなかったニーズに焦点を合わせたサービスの実現にある。多くの企業が「顧客中心」と言うものの、この取り組みが出来ていない。したがってデザイン思考をベースとしたアジャイル開発は必須である。全ての開発者を社内に抱える必要はないが、小さな改善で数か月要する状態は徹底的に見直す必要があるので内製化も欠かせない。  DXの究極の目標は、継続的に変革を起こしていくカルチャーを企業内に埋め込むこと。これが達成できれば、あえてDXといった言葉を使わなくてもよい状態になる。本来DXは経営そのものであり、そこにはトップの感性と胆力が必要となる。DXが加速モードに入るまでには時間を要するので、外部の講演者なども招き、危機感を醸成しながら、短期で小さな成功を見せていく。

併せて、DXチームが比較的コントロールしやすいカルチャー変革に根差した目標指標を設定し、経営と握りながら進めるのが進めやすいことも多い。私の取り組みの最終的目標は、DX推進部といった特別のチームがなくなり、日常的に変革が当たり前の活動となっている状態を作ること。この目標に向け、引き続き尽力していきたい。

田辺三菱製薬株式会社
チーフ・デジタル・オフィサー
ファーマ戦略本部デジタルトランスフォーメーション部長
金子 昌司