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「デジタル」と「正義」を考察する

更新: 2024年3月1日

 読者の皆さんは、どれくらいの頻度で金融機関のATMを利用しているだろうか。筆者は2、3ヵ月に一度くらいに減ってしまった。コンビニなど店舗での支払いはクレジットカード、電車やバスの乗車ではSuicaやPasmoなどの交通系ICカードを使う。飲み会で割り勘する時も、電子マネーのPayPayなどで精算することが増えた。現金を使う場面が激減したのである。

 つまり現金社会からキャッシュレス社会にステージアップしたおかげで、我々は現金を持ち歩かなくても日常生活の大半を過ごせるようになった。これを支えているのは、口座残高記録が信用できるからであり、具体的にはデジタル技術を利用して残高データの改ざん防止や、資金移動のデータの記録の透明性が担保されているからである。

 キャッシュレスによるこの仕組みを生かせば、2023年末から世間を賑わせている自民党議員のキックバック不記載問題も解決できるかも知れない。政治の世界では、今も紙の収支報告書や現金で受渡しを行う現金社会が続いているから不記載問題が生じる。政治家の方々にキャッシュレス社会への移行を迫ることは、アナログな世界にデジタル化による「正義を行う」ことと言えないだろうか。

企業におけるDXやデジタルは、誰にとっての正義か?

 ここからが本題である。上記で”正義”という言葉を使ったが、改めて“正義”について調べると、一般に個人や小規模な集団において倫理的な善悪の価値観にもとづく原則や行動を指す道徳的な意味合いを指す。一方、“社会正義”という言葉もある。こちらは社会全体の構造や仕組みに焦点を当て、不平等や差別を減少させることを目指す、とされている。

 企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みに目を向けると、デジタルが「正義」でアナログは「悪」であるという単純な構図が描かれがちである(「正義の反対語は悪ではない」という議論はひとまずおく)。しかしこのような正義には注意が必要である。

 実際、多くの企業の経営層、特にCIOやCDOはデジタルを“錦の御旗”としてDX施策を進めており、大半の社員は「DXを推進しなければ人に非ず」のような同調圧力にさらされる。現実には、なかなかうまく行っていない企業が多いし、「DXといっても何をすればいいのか」といった声が多いのはご承知の通りである。本当にデジタルは正義なのだろうか。

 デジタル化だけでは成果に結びつかず、適切な課題設定とデジタル技術の正しい利用があって初めて、成果につなげることができる。やみくもにRPAを使うのではなく、プロセスを可視化した上で適所にRPAを適用するようなことだ。そのためには人間のアナログな感性、倫理観も重要である。これを疎かにすると無駄な業務が温存されるだけでなく、プライバシーの問題やSNSでの誹謗中傷などの社会問題に発展し、大きな代償を支払うことになる。

 企業は社会や事業の構造や仕組みに焦点を当て、DXによって社内を含む情報システムやサービスの利用者に対して利便性の向上や不平等の解消を追求すること、大袈裟に言えば”デジタルで社会正義を行う“ことが求められる。それは単純にデジタル化に邁進するのとは違うはずである。すなわち道具であるデジタル技術を利用する側の組織や人の中に正義が在るか否かが、本質的な問題であろう。

デジタル技術でレジリエントな社会の実現を

 近年、「持続可能な社会」を目指す中でコンプライアンスやSDGs、ダイバーシティなどが重視され、それに基づくルールやガイドラインが多数整備された。プライバシーの保護などもその1つであり、中長期的な持続可能性を確保するための道徳的な正義の実行である。そのこと自体に異論はない。

 一方でコロナ禍や世界各地で勃発する戦争や紛争が相まって、貧困や気候変動、食料不安、難民危機などといった”今ここにある課題”が一気に顕在化した。こんな不安定な時代における”正義”とは何だろうか。道徳的な正義は変わらないにせよ、それを貫いてさえいればいいのだろうか?

 例を挙げると「高品質で安価な製品やサービスを作り続ける」ことがある。製造業であれば当然の正義だが、意識的か無意識的かはともかく、このような正義を守り続けることが実質賃金の減少や人的資本の質の低下を招いてはいないだろうか。そして正義を貫くことに皆、少し疲れ、疑問を感じ始めてきたのではないだろうか。

 不透明な時代においても、社会や企業は中長期視点で持続可能な社会の実現を目指すことに、引き続き取組まなければならない。一方で、短中期の視点で「災害の予測やリスク評価」、「災害対応と危機管理」、「ビジネスの継続性」、「行政手続のオンライン化」、「サプライチェーンの可視化による管理」といった目の前の課題に立ち向かうことも求められる。

 現在、二兎を追うほどの余裕がない企業は多くないはずだ。だとすれば筆者としては、こうした目の前にある”正義”のために、デジタル技術と人的資本を正しく使うことを最優先課題として掲げ、推進することを提唱したい。「レジリエントな社会」を実現することが今日の正義だと考えるからである。

ふるかわデジタルクリニック 
代表 古川 昌幸