オピニオン
本来の生産性向上のため、「無駄」を活かす
更新: 2024年9月1日
私が就職したのは平成が始まった時期。いわゆるバブル経済が終演しつつあったものの、社会全体にはまだ余裕が感じられたと記憶している。それに比べ令和の現在は、仕事の量も日々処理する情報の量も遥かに増え、外部環境変化も相まって求められるスピードが速くなったと感じる。インターネットがここまで普及し、SNSなどによる情報の拡散スピードが飛躍的に上がっていることも背景にあるだろう。
平成になる以前からIT化を進め、業務効率を図ってきたはずの日本企業は、このような時代の変化に適合できているのだろうか。忙しいことが当たり前になっているが、外部環境が大きく変わってきている中において、本当に必要なことを実践できているのだろうか。いくつかの例外はあるにせよ、全般として現在の環境変化に適合する形での生産性向上が、改めて求められる状況にあると考える。
生産性向上は何のため?
生成AIの登場とともに、AI活用による生産性向上が各所で叫ばれている。「自然言語解析」、「機械学習アルゴリズム」、「データマイニング」、「画像認識」、「音声認識」といったデジタル技術の活用により、業務の自動化や効率化を実現し、業務プロセスや機能の再設計が可能だと考えられている。しかし、そもそも今の業務を自動化する前に、何をやりたいのかを明確にする必要がある。生産性向上という目的についても、何のための生産性向上なのかを組織として共通認識できていなければ、AIの適用による生産性向上は意味をなさない。
多くの企業は、昔に比べ徐々にヒト・モノ・カネを減らし、効率を追求することを優先課題としている。成長が鈍化する中、人員や予算を削減することで利益を確保する動きである。経営資源は利益確保を前提とした上で、経営(本社)が必要と認めたもののみが現場に下ろされ、現場は与えられた経営資源をやりくりして指示を遂行するようなことが現実となりつつある。無駄どころか、必要なものまで取り上げられさえもしている。現場(社員)は目の前の業務に効率よく取り組むことが評価されるため、既存の枠組みを超えた発想は生まれない。
ここで生産性について考えよう。「生産性」は、「投入量(インプット)」を分母、「生産量(アウトプット)」を分子とする割り算で計算される。投入量を人員とすると、どれだけの人を投入して、どれだけのアウトプットを産み出したかが「生産性」である。それを向上するには、分母を固定にして分子を最大化するのか、分母を減らして既存と同じだけのアウトプットを産み出すかのいずれかである。
この単純な生産性の定義から、人員や予算の削減で利益を確保するだけでは企業として不十分であることが分かる。今企業に求められているのは分子の拡大、つまり既存ビジネスとしての付加価値を維持しつつ、新たな付加価値を生み出すことを目指すことと考えられるからである。ポイントは、既存ビジネスの付加価値額を上げるのではなく、新たな付加価値を創造し、企業としての成長・変革を実現する点である。
「無駄」がイノベーションを生み出す
先日、社外のメンバーを交えたディスカッションの場があり、そこで着目したのが「無駄」の効用である。生産性向上という言葉とは逆行しているように思えるが、一見、「無駄」に思える「時間」や「チャレンジ」を社員に提供することが、新しい価値創造=イノベーションにつながるのではないかと考えたのである。
「無駄」は、自由や余裕といったものにも置き換えられる。時に、何か「無駄」に思っていたことが、新たなアイデアや発展のきっかけになることがある。「無駄」だと思われる社員同士の対話・おしゃべり、活動やリソースの使用が、将来的に大きな価値を生み出すことがある。
一見「無駄」に見える試みや失敗が、新しい洞察をもたらし、将来の成功につながることがある。失敗や間違いは、学びと成長の機会となるからだ。時には何もしない時間やリラックスの時間が、クリエイティブな考えや問題解決のアイデアを浮かび上がらせることもある。
浮かんだアイデアを実行に移したいという想いがなければ、イノベーションという行動につながらない。「無駄」に見える時間も、精神的なリフレッシュには重要である。適切な余暇や休息は、生活全体のバランスを保つために不可欠である。
要するに、あることが「無駄」に見えるからといって、それが必ずしも「無駄」ではないことがある。新しい視点やアプローチを受け入れることで、「無駄」の中から意義あるものを見つけることができる。答えのない時代において、「無駄」こそがイノベーションにつながるものと考えてみてはいかがだろうか。
AI活用のその先に
今、日本企業が求められているのは、AIを活用した単純な業務プロセス見直しや、それによる生産性向上ではない。生産性向上により捻出された時間(=無駄)を活用し、新たな価値創造につなげていくことだと考える。またイノベーションという概念は、新しい製品やサービスを開発することにより市場に新たな価値を提供する「プロダクト・イノベーション」に限らない。
生産工程や流通経路を改善し、生産性向上や事業成長に貢献する「プロセス・イノベーション」もイノベーションである。この領域は特に日本企業が得意であると考えられる。AIの業務活用が叫ばれる今、失われた30年を40年にしないためにも、改めて生産性向上を通じた「イノベーション」を実現する必要がある。そして、そのために企業は「無駄」を効果的に経営・事業に組み込むことを考えるべきと思う。
株式会社りそなホールディングス
執行役 DX部門副担当
川邉 秀文