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改めてCIOの役割を考える:前編 CIOの役割再定義と日本が直面する「ジレンマ」
更新: 2025年9月12日
2025年1月に43年間勤めたカシオ計算機を卒業した筆者は、今回、フリーの立場で本コラムを執筆する機会をいただきました。何を書くか少し悩みましたが、CIO賢人倶楽部にとって“ど真ん中”のテーマである「CIOの役割」について取り上げることにしました。実はこのテーマには長年、真剣に向き合ってきた経緯があります。そのせいか、筆を進めるうちに思いが溢れ、規定の文字数を超えてしまいました。そこで前後編の2部構成でお届けします。最後までお付き合いいただければ幸いです。
2010年に策定した「CIOの役割」をチェックする
「CIOの役割」は古くて新しい、そして常に議論されるべきテーマです。筆者は2008年、経済産業省が主催したCIO戦略フォーラムにてCIO育成カリキュラム策定委員会に参画し、「目指すべきCIO像」と「カリキュラム案」の策定(2010年)に携わりました。目指すべきCIO像の中で策定された役割定義は「政府CIOポータル」に掲載され、広く参照されています(図1)。カリキュラム案も現在はJUAS(日本情報システム・ユーザー協会)の「イノベーション経営カレッジ」へ引き継がれ、数多くのCIO輩出に貢献しています。

そこにはCIOが担うべき普遍的な役割が整理されており、策定から15年を経た今見直しても違和感はありません。しかしこの間、クラウドやモバイル、AIを中心にデジタル技術の革新が進み、地球環境の変動や少子高齢化など経営環境も激変しています。企業の経営層ではCDO(Chief Digital Officer、Chief Data Officer)、CTO、CISOなど新たなCxOが台頭しました。それに伴い、CIOが担うべき役割は曖昧さ、複雑さを増しています。
本稿ではこの現状を踏まえ、多くの企業が直面する課題を紐解きながら「今、本当に求められるCIOの役割とは何か」を考えていきます。
米国、欧州におけるCIOの役割とその変遷
CIO(最高情報責任者)という用語は、1981年に米国で提唱されました。ウィリアム・R・シノット氏とウィリアム・H・グルーバー氏が共著「Information Resource Management: Opportunities and Strategies for the 1980s」で示したCIO像は、「ビジネス目標に合致した戦略的な情報システムを、革新的なテクノロジによって実現する上級幹部」というものでした。この定義は民間のみならず連邦政府でも取り入れられ、その後、時代の要請に合わせて常にアップデートされ続けてきました。
今日のCIOが担う責任は、従来のITインフラやアプリケーション構築、それらの運用管理にとどまらず、DX(デジタルトランスフォーメーション)を主導するリーダーシップへと拡張されています。新しいテクノロジを積極的に導入し、業務プロセスを変革し、イノベーションと俊敏性を組織文化に取り込んでいくことが求められています。
米国におけるこうしたCIOの役割を俯瞰すると、それは前述の図1で示した「情報システムの最適化」「ITガバナンスの確立」、さらには「全社横断のビジネス変革」「情報活用による経営戦略の創造」という役割を、すべて包含していることがわかります。つまり日本で掲げられた理想像は、今や米国における標準的なCIO像として現実化していると言えるでしょう。
一方、EU(欧州)におけるCIOの役割には、米国とは異なる特徴が見られます。イノベーションや俊敏性を追求する姿勢は共通ですが、欧州ではとりわけ「ITガバナンスの確立」が強く求められています。背景には、GDPR(一般データ保護規則)に代表される厳格な規制(レギュレーション)の存在があります。CIOは、財務的損害やブランド毀損といったリスクから組織全体を守る責任を直接担っており、そのことがガバナンス強化へと直結しているのです。
さらにEUでは域内の自由なヒト・モノ・サービスの移動を実現するために、各国で異なる規格や法律を統一する必要があり、共通ルールが次々に整備されてきました。企業はEU市場全体でビジネスを展開するために、これらの標準に準拠した業務プロセスを構築せざるを得ません。その結果、ERPのように業務標準化を前提としたパッケージが広く普及することとなりました。
このように欧州のCIO像は、日本で掲げられた役割定義の中でも特に「ITガバナンスの確立」を前面に押し出したと位置づけられます。すなわち図1の「目指すべきCIOの役割」における4つの役割の一部が、欧州においては規制や制度を背景に現実化していると言えるでしょう。
日本のCIOに立ちはだかる壁:「全体最適化」と「個別最適」のジレンマ
ここまで見てきた欧米のCIOの役割を踏まえながら日本特有の組織マネジメントや企業文化を考慮すると、日本のCIOが担うべき役割や優先対応すべき課題がより明確になります。まずマクロな視点から見ると人口減少が進む日本の企業にとって、海外市場の拡大は成長に欠かせない戦略です。その際に不可避となるのが全体最適を指向した「ガバナンスの強化」です。
従来のように「インフラ管理は地域ごとに任せる」というスタンスでは、グローバルビジネスに潜む財務リスクやブランド毀損に対応できないからです。したがって図1におけるミッションの3番目にある、「企業グループ全体のIT活用を俯瞰し、業務・情報システムの構造とともに、IT部門の機能と役割を変革し、企業の“全体最適化”実現に貢献する」という記述こそが、今の時代におけるCIOの最重要な責務であると言えます。
ところが現実には、多くの日本企業が「全体最適化」の重要性を理解しながらも、長年積み上げられてきた「個別最適」という壁に阻まれ、変革が進まないジレンマを抱えています。背景には現場ニーズを最重要視してきた組織文化や、部門間の連携を阻むサイロ化があります。各部門が独自にシステムを構築・拡張してきた結果、全社的な標準化は困難となり、さらに複雑化したレガシーシステムの維持にリソースが奪われることで、CIOが抜本的な改革に踏み出せない状況が生じているのです。
この状況をどう乗り越えればいいのでしょうか?筆者はCIOが組織横断のチームを率いて、現場からの変革をボトムアップで推進することが不可欠だと考えています。後編では、その前提である「ITガバナンスの再定義」と「モダナイゼーション戦略」について掘り下げていきます。
イノベイトラボ
代表
矢澤 篤志
