オピニオン
AI推進に際してお薦めしたい「共感の論理」
更新: 2026年6月1日
先日、筆者が参加している大阪の読書会で「共感の論理」(渡邉雅子著:岩波新書)という本が課題図書になっていた。そこには日本と米国の作文教育のことが書かれていた。
作文教育とは明治時代からの綴方(つづりかた)教育や、現代も続く「読書感想文」などのこと。日本の子どもたちの作文は、状況を細かく描写しながら物事が起こった順番に「時系列」で書くことが一般的だという。それに対し米国の子どもたちは結論を先に述べ、原因となる出来事を後に続ける「因果律」を説明の枠組みに用いて作文するのだそうだ。
消えゆく「共感の論理」や「共感的利他主義」
どちらかが良い悪いではなく、因果関係を重視する米国と主人公に寄り添うことを重視する日本という違いであり、言い換えると「主人公の気持ちに”共感”する」のが日本の作文教育の基本である。そう言えば入試の国語問題で、「著者はこの時どのように考えたか?」みたいな問いは多い。筆者自身、小説を読むときは子どもの頃も今も、「主人公に感情移入しながら読んでいるなあ…」と納得できる話である。
我々日本人は、子ども時代からそういう「共感力」を持つような教育をされてきている。加えて「利他」の精神も、知らず知らずのうちに育まれているらしい。読書会では、八百万の神々を敬う日本人は子どもの頃から「人に迷惑をかけるな」と言われていたり、「お天道様が見ている」とか「罰が当たる」といった表現で、自分の行動を省みることを促されたりしているのでは?という話になった。多神教がベースの国なので、そういう「利他」の精神を育んでいるのではということである。
「情は人の為ならず」という諺もある。ご存じの通り、利他の精神で他者に対応していると、巡り巡って自分に返ってくるという意味である。東日本大震災のときに、パニックにならずに食品や物資を順番に並んで受け取る人々を全世界が驚きの目で見ていたのも、子どもの頃から養われている「人に迷惑をかけない」という精神が生きているからだろう。イベント会場やスポーツの競技場でゴミを捨てたり散らかしたりしないのも日本人ならではと言われる。
そうしたことがどこまで遡れるのか定かではないが、少なくとも江戸時代の石田梅岩の石門心学の頃から「正直」「勤勉」「倹約」を「道」として教え、「働く」ことは傍(はた)を楽(らく)にするということだと、日本人は教えられてきている。特にこの中の「正直」というのが日本独特で、これが「利他」の精神につながっている。
一方、「共感の論理」著者の渡邉さんは日本の教育への提言として、これまで培ってきた「共感的利他主義」という価値観の共有を社会の基盤にすること、小学校低学年で「利他主義」を価値として教え、その後段階的に多元的思考を育てること、「共感的利他主義」という日本の教育を世界の新たな時代のモデルにすることの3点を訴えている。
このことは少なくともそれらの一部が欠落してきている、あるいは多くが失われてきていることを意味している。筆者もそのように感じている。SNSにおける誹謗中傷の多さや、言論の場での他者への配慮のなさが典型だが、日本人が大事にしてきた他者に対する「共感」や「利他」の精神が失われてきているのではと思う場面が多い。「個人主義」や合理的な「利己主義」を中心的な価値としている近代の西洋資本主義を取り入れているため、致し方ないことかも知れない。
「業務効率化」のためのAI利用の功罪を考察する
話は大きく変わるが、今、ITの専門家の間ではもっぱら「業務効率化」のためのAI利用がもてはやされている。空前のAIブームという感じである。このまま行くとAIが人間を代替するような時代に突入しそうであるが、この風潮は一度立ち止まって考え直す必要があると思う。
企業がAIによる効率化で人員削減をめざしているのでは、それは本末転倒である。日本経済が30年間停滞していた原因は、各企業がひたすら利益追求のためにコスト削減を行ってきたからである。一つひとつの企業にとって利益追求は正しい行動かもしれないが、それが「合成の誤謬」となってGDPの低下を招いてきたのが日本の現状である。
GDPの計算式は次のように表される。

企業がコストカットを進め、投資を削減すると、この中のI(民間投資)が減少し、GDPの低下を生む。ここ30年の低成長の原因はすべてこの「投資不足」にある。ちなみに2024年度の民間投資は130兆円でバブル期のGDP比と比べると約24兆円の投資不足になっている。今より少なくとも各企業は平均18%投資を増やす必要がある。
情報化投資は年16兆円であるが、実はそのうちの6兆円は米国などのクラウド業者やSaaS業者に支払う「デジタル赤字」と呼ばれるもので、6兆円は式のM(輸入)の一部にあたり、実質投資は10兆円にしかならない。一方、米国の情報化投資額は150兆円と日本の15倍である。毎年この投資額の差がどんどん積み上がるので、ITの世界では全く太刀打ちできない状態になっている。

AIブームの中で、米国AIベンダーにお金を払い続ける状況は、デジタル赤字(輸入)を膨らませるだけで日本のGDP向上には寄与しない。またAIによる効率化は生産関数でいうところの労働分配率を著しく低下させるので賃金の低下を生み、結果としてGDPの更なる低下を招くのである。
もちろん今後のAI活用による業務効率化は避けて通れない。しかし、それだけを見ていると日本の失われた30年は、40年50年と続いてしまう可能性がある。AIによる効率化をコスト削減という観点で見るのではなく、効率化で創出した時間を高度人材の育成に充てるという視点の転換が重要である。その高度人材を活用し、新商品・サービス開発やインフラ投資など積極的な投資を実践していく必要がある。
冒頭に述べた「共感の論理」「共感的利他主義」が、ここで重要になる。自分だけではなく、他者のことを考えながら行動すること、それが巡り巡って自分に返ってくるという考え方だ。すなわち経営者に求められるのは自社の業績だけでなく、日本経済全体を考えた行動を取ることである。経営の一翼を担うCIOもまったく同じ。「AI活用推進」だけを目指すのではなく、日本の未来をどうするのかという視点を持って行動することが大切ではないだろうか。
ニチハ株式会社
システム統括部長
鈴木 康宏
