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AI時代に失ってはならない「考える力」 ―答えではなく、問いが企業価値を生む―

更新: 2026年8月1日

 生成AIの進化には目を見張るものがあります。文章作成や議事録の要約、市場分析、企画書の作成などはもう当たり前。人が何時間もかけて行っていたリサーチ活動を数分でこなし、IT専門家が発見できなかったシステムの脆弱性をあっさり発見してしまいます。そのため最近では個人や部署の業務生産性の向上にとどまらず、ビジネスを変革する手段としてAIを活用しようとする企業も増えています。

 企業が先を争うかのようにAI活用へ舵を切るのは競争上、自然な流れですし、私自身、人も企業もAIを積極的に活用すべきだと考えています。一方で大きな危機感も抱いています。それは「考えること」そのものを、人がAIへアウトソースし始めていることです。

 私は30年以上にわたって商社のIT・デジタルの現場で仕事をしてきました。システム構想から企画、設計、開発、導入、運用、海外展開、業務改革、DX、そして現在の生成AI活用まで、数多くのプロジェクトに携わってきました。その経験を通じて、IT・デジタル技術が大きな可能性をもたらす一方で、使い方を誤れば人や組織が本来持つべき力を失わせてしまうことを実感してきました。

安易なAI利用は人や組織の力を奪う可能性がある

 今起きているAIの状況とよく似た出来事を、多くの企業は過去にも経験しています。私が社会人になった頃は、一般企業がシステムを企画、設計、開発、運用することが当たり前でした。しかし1990年代のメインフレームからオープンシステムへの転換やERP導入を契機に、それらの多くをITベンダーに委託する動きが急速に広がりました。

 当時としては合理的な判断だったはずです。社内にはオープンシステムやERPに関する知識・ノウハウを持った人材がいないか、いてもごく少数でした。専門技術を持つベンダーの力を借りれば、新技術につきまとうトラブルやリスクを未然に防ぎつつ、システムを導入できたからです。外部委託には一定の経済合理性もあったはずです。

 しかし代償もありました。社員が自らシステムを設計し、開発し、運用する経験を積めなくなったことです。それから10年、20年という時間が経過する中、システムを構想する力やプロジェクトを主体的にリードする力、さらにはベンダーの提案や仕事を評価し、意思決定する力までもが次第に失われてしまいました。私は、生成AIによって同じことが起こるのではないかと危惧しています。

 AIは適切な問いをもとに文章を書き、分析し、提案し、ときには経営判断の材料まで提示してくれます。その能力は極めて優秀で、自分では考えつかないような回答を得られます。その高度な回答や便利さゆえに「問いを立てること」「本質を見抜くこと」「自ら考え、判断すること」までAIへ委ねてしまえば、企業の競争力の源泉であるはずの人や組織の思考力や判断力は確実に衰えていきます。

 もちろん、AIは極めて優秀なパートナーです。しかし、AIが本当に得意なのは、与えられた問いに対して答えを導くことです。企業価値を生み出すのは、答えではありません。良い問いです。「何を問うべきか」。その問いを生み出せるのは、人間だけです。

 だからこそ、AI時代に育てるべき人材は、「AIを使える人」ではありません。市場や顧客の変化を読み解き、本質的な課題を発見し、適切なデジタル技術を選択し、多様な関係者を巻き込みながら成果へ結び付けられる人材です。高度な専門性を持ちながらも、それだけに閉じこもることなく、ビジネスを理解し、現場を理解し、経営を理解する。そしてAIを目的ではなく手段として使いこなし、新たな企業価値を創造できる人材です。

 では、そのような人材はどこで育つのでしょうか。私見ですが、答えは今も昔も「現場」にあると考えています。例えば市場や顧客のニーズに沿った製品やサービスを提供する「マーケットイン」というアプローチ。それは現場へ足を運び、自分の目で見て、自分の耳で聞き、自分の頭で考えることから始まります。AIはデータから学習しますが、データになる前の違和感、顧客の表情、商談の空気、現場で交わされる何気ない会話の中に潜む変化までは理解できません。

 商いもまったく同じです。新しい商いは会議室ではなく、現場でお客様と向き合い、「なぜだろう」「もっと良くできないか」という違和感を持ち、自ら問いを立てた人間から生まれます。その問いが、新しい価値となり、新しい事業となり、新しい競争力へとつながっていくのです。現場を知らずにAIだけで判断する組織は、やがて市場との距離が広がり、競争力を失ってしまうでしょう。

 このような人材を育てる責任を担う立場として、AI時代におけるCIOの役割も大きく変わりつつあります。それはシステムを構築・運営することでも、AIを導入することでもありません。システム、データ、そしてAIを商いへ結び付け、「稼ぐ力」へ変えられる人材と組織、企業文化を育てることこそが、これからのCIOに求められる最も重要な使命だと考えます。

 私は30年以上、システム開発の現場で仕事をし続けてきました。技術はこれからも進化し続けるでしょう。しかし企業の競争力を決めるのは技術でありません。それは、いつの時代も人間です。AIに関して言えば、それは人の知性を代替するためのものではありません。人の知性を増幅し、人がより大きな価値を生み出すためのものです。

 だからこそ経営が目指すべきは、AIの導入ではありません。AIを使いつつ、自ら問いを立てて考え続ける人と組織を創ることです。私は「経営とは未来の利益を生み出す仕組みをつくること」と考えています。その意味で、AI時代における最大の経営課題は、「考える力」を企業の中に残し続けることではないでしょうか。

 AIは答えを導くことはできます。しかし、新しい商いは、答えからではなく、現場で人が抱く違和感や問いから生まれます。したがってAIを使う人を増やすことは必要ですが、それ以上に自ら問いを立て、現場で考え、新しい商いを創り出せる人材を育て続けること。その仕組みと企業文化を築くことこそが、経営の責任です。

 私はAI時代だからこそ、人への投資こそが最も重要な経営投資になると確信しています。現場で学び、自ら問いを立て、自ら考え、人と向き合い、新たな商いを創り続ける人材を育てる。決してその営みを止めない企業だけがAIを真の競争力へと変え、持続的に社会へ新たな価値を提供し続けられると信じています。

伊藤忠商事株式会社
准執行役員 CXO補佐 兼)IT・デジタル戦略部長
浦上 善一郎