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企業内情報システム部門の未来を考える(上)~Cost Leadershipか、それともValue Creationか

更新: 2015年7月1日

定年退職後の暮らしは、中々いいものだ。基幹システムが止まって出荷が出来なくなったとか、巨額の投資を経てやっと完成にこぎつけたプロジェクトに予期せぬ落とし穴があったとか、そんな悪夢からすっかり解放されて自由奔放。好きなクルマを乗り回して、グルメ三昧の気ままな人生である。

振り返れば、医薬品の生産やサプライチェインの現場で17年間、その後、社内情報システム部門を立ち上げてから20年間、休むことなく毎日のオペレーションと数多くのプロジェクトに喘いできた。海外勤務で奮闘し、帰国後も数え切れないほどの海外出張をこなしてきた。強いストレスの中で、いかに楽しみを見出すかが専らの自己課題だったことを考えると、ストレスフリーは本当にいい。

ところがである。昔の仕事仲間に引きずり込まれて、半年前からまた仕事をする羽目になってしまった。今度の仕事は、経験をもとにして経営者など企業のリーダー諸氏に事業の成功のための良き助言をする「アドバイザー」である。筆者は、アドバイザーの役割を「アドバイスされるひととの間に深い信頼関係を築き、心に響く進言を行い、そのひとの考えや行動に少なからず影響を与えること」と定義しているので、やる以上はまっとうすると心に決めている。

近況報告と前置きが長くなった。以下では前編、後編の2回に分けて「企業内情報システム部門の未来」について考察(アドバイス)したい。Cloudization (クラウド化)と Globalization(グローバル化)が進む今、それを考えることは極めて大事だと考えるからである。

2回分と長いので結論を先に言っておくと、未来の情報システム部門にとっては今とは比較にならないほど「ひと」が大切になる。今以上に情報システムの優劣が事業の成否のカギを握ることも間違いないので、短絡的ではあるが「ビジネスや事業の成功の要は、情報システム部門の人材にある」ということである。なぜ、そう結論づけるのか、まず筆者のやってきたことと、現状を述べたい。

「企業の環境は変化するのが普通」と考えるMRPII

筆者は、企業人として過ごした37年の間に合計4回、ERP導入・刷新プロジェクトに携わってきた。最初のERPシステムは1978年に開発着手し、3年を経て1981年に稼働を開始した。8ヵ月分あった販売在庫を3ヵ月に低減させ、同時に品切れゼロを目指すものだった。当時はユーザー部門も電算室のメンバーも、普段はさほど忙しくなく、大きなプロジェクトがあると一致団結して頑張ったものである。

この頃、筆者はMRPII(現在はERPと呼んでいる)という概念と業務プロセスの構築手法に出会い、それ以来、提唱者である Oliver Wight氏の信奉者になった。ちなみにMRPIIはManufacturing Resource Planningのことで、ERP(Enterprise Resource Planningの元となった考え方である。

MRPIIの概念で特に胸を打たれたのは、”The manufacturing environment is one of constant change”――製造業(企業)の環境は変化するのが普通の状態である。変化しなくなったらそれこそ変化。それなら常に変化に対応する方法を準備しておこう――という意味の一節である。この概念は今も筆者が情報システムを考える際の根底を成している。

初代のERPシステムの導入目的を達成した後、1980年代の半ばと1990年代のはじめにERPシステムの刷新プロジェクトを2度行った。グローバル標準化やダウンサイジング、TCOの削減が目的である。さらに2003年には全社一丸となってグローバル一気通貫ともいえる4度目のERPプロジェクトを完了。無事、成功させ、その後、ERPシステムはグローバル・シングルインスタンスという難題に歩を進めることになる。

4回のプロジェクトの成功要因は、MRPIIにあったといっても過言ではない。日々湧き上がってくる課題を変化ではなく、当たり前のことと捉え、ユーザーとシステム屋が知恵とひらめきを共有して解決してきた。変化が当然なので、それから現在までにERPシステムを中心にSFA/CRM、BI、ビッグデータなど、考えるためのツールとしての様々なシステムを生み出し、成長させてきた。

こうした「変化が常態」という中では、企業内情報システム部門も例外ではあり得ない。エンタープライズ・アーキテクチャやデータマネジメントの重要性が増すのと相俟って、情報システム部門は大きな役割の変化を求められるようになった。一例を挙げれば、アウトソーシングやクラウドサービスが企業における副次的プロセスの外出しを可能にした。必然的に企業の情報システム部門は、もっとビジネスに直結した業務を担うべきとの考え方が一般的になってくるのである。

それで済むわけではない。海外に目を向けると、グローバル経営を推進する企業は、情報システム部門に対して “Cost Leadership” と “Operational Integrity” をより強く求めはじめている。夢や希望の色合いが濃かった “Value Creation” という情報システム部門の大きな使命のプライオリティが、これら2つに圧迫されはじめている。

具体的には、グローバル化・標準化によるコスト削減の徹底とコンプライアンス強化のためのグローバルガバナンスであり、有り体に言えばコストカット、人員削減、新法立案の嵐である。今までより少ない人数で、今までより多くの成果を出さなければならない。今までのように自前でシステムを作ったり、運用したりすることは困難さを増している。

一方、グローバル企業のLOB(事業部門)は、常に伸び続ける収益目標を叩き出すために、売り上げに直結する業務に大きくプライオリティをシフトせざるを得ない。従来、情報システム部門と共同で行ってきた「プロジェクト」にかけるリソースを割けなくなり始めている(次回に続く)。

CIO賢人倶楽部 アドバイザー
沼 英明

参考:Manufacturing Resource Planning: MRP II UNLOCKING AMERICA’S PRODUCTIVITY POTENTIAL – Oliver W. Wight