オピニオン
不確実な時代を生き抜くためのリーダーシップとは?
更新: 2016年11月10日
社会環境や経済環境の変化が加速し、以前のようにある程度の確実性を持って将来を予測することは困難になっている。過去の経験が必ずしも未来を推量するのに役立たない状況なのだ。その大きな要因の1つが急速に進むICTの進化・高度化・低価格化である。クラウド、ビッグデータ、IoT、AIなど様々なICTが、社会や経済を、また企業や人の行動をどう変えるのか、数年先のことさえ予測は難しい。
必然的に経営に求められるリーダーシップも変わるが、変わらないものもある。かじ取りや方向付けの肝となる「大局観を持ち、環境変化に柔軟に対応する力」、企業を取り巻くあらゆるステークホルダー(顧客・従業員・株主・取引先・競合先・新規参入者)と全方位的に対話し、社外の技術・知見を最大限活用する「オープンイノベーションを実現する力」がそれである。筆者は不確実な時代の中において、これらが一層、重要性を増すと考える。以下そのことについて記そう。
ICT=デジタルテクノロジーが既存産業に与えている影響の具体例として、旧来のビジネスを新興企業が上書きし始めている現状を考える。すぐに思い浮かぶのは、小売り・物流に対するAmazon.com、DVDレンタルに対するNetflix、そして最近では新たな消費の形としてのシェアリングエコノミー(オンデマンドエコノミー)の流れを受けて宿泊サービスを変革するAirbnb、タクシーの姿を一変させたUberが挙げられる。
こうした企業に共通するのは、ステークホルダー(消費者や供給者)がPCやスマートフォンをはじめとするデバイスを常に携帯し、どんなサービスを望んでいるかを熟知している点である。比較的社歴の新しいAirbnbやUberに至っては、供給者がスマートフォンを保有する事実を生かして宿泊施設や配車用の車などの実体資産を一切保有せず、ビジネス・プラットフォームである仕組みづくりに特化した。それだけではない。次々に出現するライバルに対し、柔軟に自らのサービスを変革し続けている。
ここで、これらの企業のビジネスは技術改善を積み上げた先にできたわけではない点に留意すべきである。ステークホルダーの動態、加えてICTの技術動向や普及状況をにらんで、何を可能にすればステークホルダーが喜ぶかに焦点を当てているのだ。これまでのICT活用のアプローチが、まず商品や設備などの現物資産があり、それを適切に生かしたり効率良く届けるためのものだったとすれば、上記のような新興企業群は発想の仕方が異なっている。
進化し続けるICTを駆使しつつも、ニーズや課題の全体像をシステム思考的に捉えて全体を客観的に俯瞰し解決策を考えることで新たな機会を見つけ出し、結果として既存産業のプラットフォームを古びたものにし、新たなビジネス・エコシステムを生み出すことに繋がってきている。このような状況下では従来のゼロサムゲームは存在せず、絶対にこうすべきだ、という確たる正解も存在しない。社会や経済のデジタル化全体の潮流が止まることは決してない中で、どう最適に適応するかという、より明確な意思表示が必要となるだろう。
このようなデジタル化の波の中で、経営者が重視すべきことはステークホルダーとの「対話能力」を上げることである。若者を中心に中高年層まで消費者のデジタル習熟度向上は企業の想像を遥かに超えるスピードで進んでいる。デジタル空間における消費者のニーズや行動把握、あるいは関係構築が企業の持続的な成長を左右すると言っても過言ではないほどである。
そこでは押しつけは通用しない。透明で誠実かつ共感を呼ぶようなサービスが不可欠であり、またオープンイノベーションを推進することにより消費者を自社のバリューチェーンに組み込む(例えばR&Dの機能に積極的に消費者を参加させ一緒にブランドを創る行為に巻き込む)ことで、デジタル空間での消費者との接点を積極的に増やしていくことも重要となる。
そうしたことを可能にするために経営が重視すべきは、組織全体がヒューリスティックな知的作業を行えるよう、不完全な情報の中でもある程度の妥当解に短時間で辿り着けるようなスキルを身に着けられる下地を整え、必要なことを成功するまで実践し続ける体制を築くことである。具体的には「大局観を持ち、環境変化に柔軟に対応する力」を養う事が必要である。
未来予測が困難なデジタル時代において自社の属する産業の未来をやみくもに憂うのではなく、外部環境がどう変化し、変化の原因は何なのか、今後更にどのような変化が起きるのかに考えを巡らせ、未来のイメージを具体的に持ち、行動することが重要となる。これが「オープンイノベーションを実現する力」である。より重視すべきは競合や第三者の言動への反応ではなく、散りばめられている情報を意味のある大きなトレンドとして捉えるオープンな姿勢をとることである。
そこから目的や意味づけを与えて実行ベクトルを明確にする。この実行ベクトルは固定する必要はないし、何度でも変えて良い。予測困難な時代にあってもこの大枠の行動指針は組織全体の方向性を決めるものであり、この指針に基づき組織における実行主体メンバーが柔軟に実行ベクトルを変えられるようになることが望ましい。
デジタル時代における取り組みは得てしてパイオニアにならざるを得ず、前例のないチャレンジングな取り組みが発生する。それを成果に結びつけるには、何よりもまず経営のリーダーシップが重要になる。今後どのようにこのデジタル化を経営に取り込んでいくのかを思考する際に、本稿が読者諸氏に少しでもお役にたてば幸いである。
KPMGコンサルティング株式会社
パートナー 松本 剛