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”進撃のアマゾン”と”リアルの逆襲”。ウォルマートへの期待を込めて

更新: 2018年12月12日

トライアルホールディングスの西川です。今回は筆者の仕事に直結した流通小売業界のグローバル--主に米国--なトピックについて、筆者の思いを加えて書かせていただきます。

 早速ですが、皆さんは「Death By Amazon(Index)」という言葉をご存じでしょうか?知らない方も想像がつくと想いますが、訳すと「アマゾン恐怖銘柄指数」です。具体的にはアマゾン・ドットコムの事業拡大や新規参入などの影響を受けて、業績の悪化が見込まれる米国の小売関連企業銘柄54社以上で構成する株価指数のことで、米国の投資情報会社であるベスポークインベストメント(Bespoke Investment Group)が2012年に設定しました。2016年頃から一般的な株価指数より大きく下降側に乖離し始めたことで注目を集めました。

 下降側に乖離することは、すなわちアマゾンの躍進によってマイナスの影響を受けるデパートや専門店、小売業が増加していることを意味します。このコラムのタイトルでは、これを「進撃のアマゾン」と表現していますが、筆者は2018年11月に米国に出張し、その実態をこの目で確かめてきました。

アマゾンが買収したホールフーズマーケットの現状

 1つが核テナントのシアーズやJCペニー、メーシーズといった百貨店や専門店の閉店が相次いでいるショッピングモールの苦境です。ショッピングモールと言えば米国の中間層以上にとっては当たり前の、なくてはならない存在。しかし訪問したオハイオ州シンシナティのショッピングモールでは、シャッターが降りた店舗が散見され、客もまばらでした。もともと売り場面積が過剰だったところに、アマゾンなどのネット販売が加わり、今では米国各地にあるショッピングモールの3分の1ほどが衰退、そして閉鎖の危機に直面していると言われます。

 もう1つが「進撃のアマゾン」を象徴する米高級食品スーパー、ホールフーズマーケット(Whole Foods Market)の視察です。周知のようにアマゾンは2017年8月に同社を買収しました。それはアマゾンがリアル店舗を展開する小売業も飲み込んでいくというストーリーの下で衝撃を持って受け止められ、Death By Amazon Indexを大きく引き下げる結果をもたらしました。1年以上経ってホールフーズの店舗はどうなっているのかを、見に出かけたのです。

 色々、面白い発見があったのですが、中でも印象的だったのはネットで注文した商品を購入者が引き取りにいく買い物方法として、ホールフーズの店舗(約450店)を活用していることでした。「クリック&コレクト」と総称されるものです。簡単に説明すると、アマゾンの独自配達網による配達や第3者の運送事業者による宅配は便利な半面、国土が広い米国では日本のように再配達は困難なので不在時の配達にどう対処するかという面倒な課題があります。

 よく知られた話ですが、米国では顧客が不在の時、配達員が商品を玄関先に置いていくだけケースがあります。当然、盗難に遭う可能性がありますから、配達がある時にはなるべく家にいなければなりません。これでは不便なので、アマゾンは配達員が玄関ドアを解錠できる「Amazon Key」を提供するなどしていますが、配達員とはいえ不在時に自宅に入られるのは嫌な人も少なくありません。

 この課題への対策がクリック&コレクトです。訪問した店では入り口周辺に専用のコーナーが設けられていました。ネット注文に応じて店内から集めた商品を紙袋に収め、レシートを貼付した“ピックアップ待ち買物袋”が、急ごしらえ感が否めないスチールラックに所狭しと並べられていたのです。アマゾン・ドットコムで購入した商品も、もちろん受け取れます。こちらは店舗に備え付けられたロッカーを顧客がスマートフォンで操作してピックアップする仕組みです。仕事帰りなどで最寄りの店舗に立ち寄れば確実に受け取れますから、アマゾンにとっても顧客にとっても優れた解決策と言っていいでしょう。

ネット販売だけで流通小売業は制覇できない

 とはいえ、これは裏を返せば「ネット販売だけで流通小売業は制覇できない」ことを意味すると考えられます。アマゾンは年率30%を超える勢いで成長していますが、それでも小売業の売上高に占めるネット販売の割合は米国で9%ほどであり、ざっと全流通小売販売額の10分の1でしかありません。したがってDeath By Amazon Indexを構成する54銘柄の流通小売企業のすべてが、衰退のシナリオ通りの道を辿るわけではないということです。

 そこから「リアルの逆襲」という構図が現れます。その代表格の一社が世界最大の流通小売業であるウォルマート(Walmart)です。同社による逆襲の最たるものは、アマゾンとは真逆の動き、つまりJet.comなどネット販売企業数社を買収し、ネット販売の成長を加速させていることです。ウォルマートの真骨頂である、EDLP(Everyday Low Price)をネット販売においても体現する型でネット販売の成長を実現しようとしています。リーダーを担うのは、Jet.comの創業社長だったマーク・ローリー氏。ウォルマートのダグ・マクミロン社長ともども、「リアルの逆襲」におけるヒーローとなっています。

 ウォルマートは米国だけで約5000店舗を展開していますから、アマゾンがホールフーズの店舗を活用してサービスレベルを向上させる施策と同様なサービスを、アマゾンの10倍の規模(網羅性)で提供できるポテンシャルを持っています。人口カバー率は70%~80%と言われ、米国居住者の多くは、例えば通勤の前後に少し回り道すれば買った商品のピックアップが可能なのです。報道によるとウォルマートは現在、約2000店舗でクリック&コレクトのサービスを提供しています。

 ここで少し見方を変えてみましょう。仮にネット販売が現状の2倍とか、3倍とかに伸長した場合、宅配網による配達能力は同じように伸長できるでしょうか?自動運転やドローンを駆使するにしても交通問題などは避けられないでしょうから、不可能と言わないまでも困難であることは確かでしょう。クリック&コレクトやピックアップ・ロッカーが、これまで以上に重要な手段として普及することは必須であると思います。

 このラストワンマイルにおける競争において、実店舗をすでに網羅性高く展開できていることによる「リアルの逆襲」の高いポテンシャル。これがウォルマートを始めとする、大手流通小売業が持つ強みです。事実、最近では流通小売業に対する投資家の視点に当てはまる表現で、アマゾン・プルーフ(Amazon Proof)という言葉があります。Proofとは、防弾(Bullet Proof)の意味のProofで、“アマゾンが進撃してきても大丈夫!”と言われる会社のことです。

ホーム・デポは”Amazon Proof”の代表格

 前回米国出張時に、現地の事情通からホーム・センター最大手のホーム・デポ(Home Depot)が、その代表格だと教えられました。事実、同社の時価総額は約22兆円という高いレベルで推移しています。なぜなのかというと、同社には思い立った当日(翌日ではない)に家の修理改善などに関わるあらゆる道具類や材料類が買える大型ホーム・センターという特質に加え、取扱商品の中には宅配が困難な大きな商品もありますし、実際に見て触って選ぶことが必要な商品も多いという特質もあります。

 加えてホーム・デポは、店舗にある商品の在庫確認機能や売り場を案内する店舗マップ機能、商品検索やリコメンドといった便利な機能が使えるスマホアプリを提供しています。この手の大型店舗に限らず実店舗でありがちな欠点、つまり「欲しい商品にたどりつくのが一苦労どころか見つからず、店員も見当たらずにあきらめて帰る」といった顧客の不便を解消する。アナログで店員に頼るのではなく、ちゃんとデジタル・トランスフォーメーションに取り組んでいるわけです。

 ホーム・デポはAmazon Proofの称号を得る企業として、とても分かりやすいケースです。しかしながら筆者の思いとしては、ウォルマートがその一番手として突き進んでほしいと期待しています。というのも、2018年1月にあった全米小売業協会(NRF)における会合で同社のダグ・マクミロン社長の話が印象に残っているからです。それは「ウォルマートは世界最大の小売業であるとともに、テクノロジーカンパニーである。そして少し先(の時代)には、また違ったテクノロジーカンパニーになっているかも知れない」というものでした。

 一方、当人の登壇はありませんでしたが、今年のNRFではマーク・ローリー氏が率いるWalmart.comに関する話がトピックになっていました。“Store No.8”と名付けられたインキュベーション組織についです。この組織の名前は、ウォルマート創業者であるサム・ウォルトン氏が、なにか新しい仕組みや改善などのイノベーションを起こそうとする際、店舗番号8番の店を使っていたことに由来します。

レガシーなウォルマートに期待したい

 創業者の精神を継承しながら、最先端のデジタル・トランスフォーメーションを起こそうとしているウォルマート。世界最大の小売業が、自らベンチャー企業を発掘して育てるインキュベーションの分野を手掛けているというトピックだったのです。今年6月にはその成果として、ジェット・ブラック(Jetblack)というサービスを提供開始しています。これはマンハッタンに住む忙しい富裕層(モデルターゲットは仕事をする母親)に向けての、買い物コンシェルジュ的サービスです。

 スマホのSMS経由の簡易な注文に自動で応答。顧客プロファイルや過去の注文履歴から、適切な商品を選定し、顧客が帰宅するまでに配達を済ませるというものです。マンハッタンの高級マンションが対象なので、宅配の受け取りをマンションの管理者が行うところまで想定しています。従来のウォルマートでは考えられなかった類のサービスであり、実店舗を有する大手小売り=“レガシー”として衰退するといったありがちな構図とは、まったく異なる姿が浮かんでくる話でしょう。

 以上、「進撃のアマゾン」とDeath By Amazon、「リアルの逆襲」とAmazon Proofについて、思うところを書いてきました。「リアルの逆襲」が流通小売りの先進市場である米国で着実に起こっているという現実を知ると、日本の実店舗小売り業に携わる者として、我々もそれを実行していかねばならないという思いがわき上がってきます。Amazon Proofを体現して「リアルの逆襲」を着々と展開していく。そのためのロールモデルとして米国の小売業の状況をつかみ、適切な戦略の策定とその実行に邁進するーー。このことを日々、感じ、心する次第です。

 そのためにはレガシー産業と思われる実店舗流通小売り業界においても、厳然として「デジタル・トランスフォーメーション」が求められていることは言うまでもないでしょう。 2018年を終えるにあたり、このことがなにがしかご参考になれば、という思いで記述させてもらいました。年が明けてすぐの2019年1月には、年初のNRFに出かけます。筆者としては、来年を占う一大イベントを楽しみにしております。最後までお読みいただきありがとうございます。

株式会社 トライアルホールディングス
取締役副会長 グループCIO
西川 晋二