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企業ITにおけるアートとデザインのあり方

更新: 2019年11月1日

「アートとデザインの違いは何か?」。2年ほど前、友人がSNSでこんな問いかけをした。彼女の身近な人たちが相当数のコメントを寄せる中、こんな回答があった。

アートは「問い」、デザインは「答え」

シンプルで力強い定義に感心し、私も自分なりの切り口を表現したく数時間考えて返信したことを覚えている。ただこの定義に比べると物足りなく、いつしか自分が何と答えたのか忘れてしまった。

次にこの定義と対峙したのは、「アートは『課題設定』、デザインは『課題解決』」とするブログ記事を読んだ時である。ブログの筆者は「何が正解かわからない不確実性の高い時代には、課題設定力=アートの能力がビジネスでも重要になる」と書いていた。「課題設定」を「問い」、「課題解決」を「答え」と置き換えると、SNSで見た定義が本質を言い当てていたことに改めて感心した。

情報システム部門の仕事は、一般に業務プロセスやコミュニケーションの課題を解決することと考えられている。経営や事業部門がかかえる問題や新規事業などの新しいビジネス要求に応じて、要件を定義する。その上でITを用いた解決方法を設計し、計画された予算内で構築し、さらに設計通りに運用して品質を担保するといった、課題解決能力が求められる。

そのために人材を獲得・育成し、新たな開発手法や技術を獲得し、あるいは外部のIT企業と協力関係を築くなどの努力を重ねる。しかしここで問題がある。課題解決能力が最大のパフォーマンスを発揮するためには、そもそも「課題設定の正しさ」が前提になっていることだ。この点は、案外、見過ごされがちではないだろうか。冒頭でアートとデザインのエピソードに触れた理由でもある。

現在、あらゆる企業がデジタル時代に適応するための変革を求められている。弊社のような体験サービスを提供する企業でもデジタル化の影響を大きく受けている。特に販売チャネルは、どの業界よりも先に「デジタル・ディスラプション(破壊的創造)」が起こったため、私たちは対応に追われてきた。長い歴史がある業界だけに現場には様々なノウハウが蓄積され、そんな現場の声を聞いて「課題解決」をしてきた。しかし、ふと、それだけでは不十分ではないかという疑問が浮かんできたのだ。

ホテルは泊まるだけの場所から、滞在における体験価値全体で評価されるように変化している。それにもかかわらずシステムの根幹は60年以上前の不動産管理を前提とした設計のまま変わっていない。多くの業務は当時のシステム制約を元にデザインされているのだ。このような状況では、真に取り組むべき正しい「課題設定」を日常の業務の中から生み出すことは難しい。

一方で、環境の変化に対して高い対応力を持ち、堅牢かつ俊敏なシステム基盤を構築していくことも、今日の情報システム部門の重要な使命である。整備していくには大変な困難が伴うにせよ、これらは「課題解決」における生産性のフロンティア(やるべきことをやっている状態)という認識をすべきであり、そこに「課題設定」への取り組みが含まれているとは言い難い。

ブームになっているAIも同様だ。あらゆる企業活動をモニタリングし、その中から認識できていなかった法則性を見出すのが現在の主流だが、そもそも恣意的に集めたデータの中からアートレベルの課題設定を見いだせるかは疑問が残る。「思いもよらなかった解決方法」は見つけられるかもしれないが、モニタリングする対象を選別している時点で「想像だにしていなかった真の課題」が浮かび上がるのは期待できないはずだからだ。

成功率が4割に満たない企業システム投資は、失敗の本質から学び、正しい要求を見出す手段として、対象をモデル化する技術を作り上げてきた。モデリング技術を発展させ、事業の価値や本質的な機能を捉えなおし可視化することで、企業が真に解決するべき課題を発掘し、従業員や顧客に真の課題を認識させることができるのではないか。まるでアーティストが世界の不条理を見てアート作品を生み出し、世の中に課題を提示するかのようにーー。

デジタルビジネスへの変革が求められる中、ITによる課題解決能力だけでなく、高い課題設定能力をどれだけ有しているかが差別化となる時代が必ず来ると、私は考えている。そうであるなら、私たち情報システム部門は課題設定能力(アートの力)と課題解決能力(デザインの力)を両輪とし、企業を牽引する立場となる覚悟を持つ必要がある。

株式会社星野リゾート
グループ情報システム
ユニットディレクター
久本 英司