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新型コロナウイルス感染禍で問われる、「可視化」のあり方

更新: 2020年4月1日

新型コロナウィルス感染の拡大は、数か月前までの安定した生活環境を壊し、将来に対する危機感や恐怖感をもたらしています。感染を判定するPCR検査総数(3月11時点)は、日本は韓国の1/10、米国の1/40との報道もあり、日本では検査が進んでいない様子が窺えます。感染拡大防止の具体的手立てをつくるために、PCR検査数が多いことは有意なはずですが、なぜか進んでいません。なぜ日本はPCR検査能力を高め感染判定やそのデータ収集・解析を優先しないのでしょうか?

 日本の産業は、現場や現象を「見える化」すること、そしてその結果から効率を上げる取り組みを立案し実行して成果を上げることを得意としてきました。すなわち「見える化」とは、状態や行動などを実際に見える状態にすることで、課題を明らかにし「カイゼン」を進める取り組みの第一段階と捉えることができます。在庫の見える化、予算進捗の見える化、作業工程の見える化・・・・。これらには視覚化と直感的理解に共通性があります。

 「見える化」と同じニュアンスで使われる言葉に「可視化」があります。「可視化」とは、人間が直接見ることのできない現象・事象やそれらの関係性を、見ることのできる状態にすることを指します。特に関係性を見ることができる状態にする「可視化」は、単なる「見える化」とは異なる意味を持ちます。複雑に動いている一連の現象・事象は、「見える化」だけでは関係性やロジックを明らかにすることができないからです。

 「可視化」するには、現象・事象を構成する要素データを多数集め、マイニング(膨大なデータから有意な情報を探り出すこと)する必要があります。以前はデータをマイニングするためには多大な労力を要しましたが、現在は進化著しいITを活用することで苦もなく行えます。これは、今まで明らかにすることのできなかったデータの持つ意味、価値を明らかにできる時代が到来していることを現しています。

 「可視化」は関係性やロジックを突き詰めるため、「見える化」より効率化の検討が容易になることがあります。実は「可視化」には、もう一つの価値があります。関係性を明らかにするので、精緻なシミュレーションを行えるようになることです。すなわち変数を変えることで、その時(将来)に起こる事を想定できるということです。例えばRPAを導入する際にプロセスマイニングを行うことは、プロセスの検討やシミュレーションを通じてRPAの効果を高める一例と捉えられます。

 日本企業は現象の課題を直観的に理解し、ゴールを定め、取り組むための「見える化」が得意と述べました。冒頭に述べた新型コロナウイルス感染禍の中でも、同様に重症に陥る可能性のある感染患者を特定する「見える化」を行っています。しかし、これは中国や米国、さらにWHOの推奨する進め方とは異なります。すなわちPCR検査データを多く集めて、多くの感染者を明らかにしつつ、新型コロナウイルス感染の現象全体を「可視化」する動きにはなっていないのです。

 日本人の気質が、感染者数を少なくするという直感的なゴールを目指す時、「可視化」により得られるであろう感染患者数増大や、感染の関係性が明らかになることで得られる最悪ケースを冷静に受け止めることが不得意なことによるのかも知れません。

 明治維新以来150年、日本の産業は欧米に追いつけ追い越せを旗印にして、「見える化」で効率と合理化を求めてきました。これからは、デジタル技術を梃子にした「可視化」を意識した取り組みの必要性を感じます。多くのデータを直視し、「可視化」することで、「見える化」で得られる直感的なゴールとは違う解決の糸口や組立てが明らかになると考えられます。そして「可視化」の重要性を確認するとともに、「可視化」によって得られた結果を正面から受け止め、冷静に次を考える体質が求められているのではないでしょうか。

味の素株式会社
顧問
五十嵐 弘司