cio賢人倶楽部 ご挨拶

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CIOは洞察力を高めて本質を見抜く力をつけよう

更新: 2020年6月1日

洞察とは何か

「洞察」とは良く当てはめた漢字だと思う。「洞」は中に何もないうつろな空間、「察」は良く見ること。何も無いような空間でもしっかり観察してみると物事の実態や本質が見えるようになることを意味している。中国語でも同じ漢字を使う。英語ではinsight、やはり内を良く見ること。フランス語も同じ綴り、同じ発音である。

言葉から「洞察」と「観察」は関係が深いことがわかる。観察は洞察の基本であり、よく見ることから始まる。しかし見ることは目だけからではないのも重要なことだ。現場を見ると本質がわかるとよく言われる。現場に行くと目に見えるものだけではなく、聞こえる声や音、その場の空気、肌が感じる感覚など五感で感じられるものがある。目に見えないものも見抜くのが洞察という概念である。

たくさんのものを見たり聴いたりすると、その体験が感覚を磨く。一流のアートや音楽や芸術品にたくさん触れると本物とまがい物の見分けがつくようになる。そのためには基礎知識も必要である。ただ漫然と見たり聞いたりしても感覚は研ぎ澄まされない。背景にある「情報」が重要なのだ。

骨董屋が真贋を見分けられるのは、知識に支えられた様々な情報をもとにたくさんの骨董品を見て、触れて、確かめているからに他ならない。このような積み重ねから洞察が高められ、その洞察力によってテレビの「開運!なんでも鑑定団」の鑑定士のように、一見して真贋を見分けられるようになる

思考から生まれる予知・予見や予測

「慧眼(けいがん)」という言葉がある。仏教の教えには五眼(ごげん)という肉眼(にくげん)、天眼(てんげん)、法眼(ほうげん)、慧眼(えげん)、仏眼(ぶつげん)の5つの眼(げん)があって、そのなかの慧眼(えげん)と同じ意味だそうである。宗教の教えは常に真理や本質を追求していて哲学のように奥深く、興味深い。

洞察と同じように本質を見抜く力を意味するが、「慧」には知恵や才知の意味があり思考する概念が含まれる。したがって、見抜くだけではなく将来を見通すこと、つまり予知・予見や予測も意味に含まれている。

予知・予見や予測は洞察から思考を経て先を見通すことであるが、予知・予見や予測にも情報が重要な役割を持つ。関連する情報収集と蓄積された知識を元に考察を重ねて、まだ起こっていない先のことを推理する。鋭い洞察と思考によってなされる慧眼(けいがん)には論理性がある。

予知・予見や予測が、直感とか勘によってなされることがある。直感や勘は感覚的な判断であり、論理性があるわけではない。しかし筆者は、直感とか勘は当て推量とは異なり根拠がないわけではなく、洞察と思考を常態的に行うことによって養われる感覚的な判断力であると考えている。したがって、直感や勘も大切な感覚だと思う。

目配り、気配り、心配りが出来るCIOを目指す

思考だけでは課題の解決は出来ない。行動が伴わねばならない。思考を確実にするためにもいろいろやってみる、試してみることが重要だ。未知の分野への取り組みや答えのないことへのアプローチには、実際の体験から学び取るスキルが欠かせない。仮説を立てて試行し検証を重ねていくことによって、洞察力は磨かれて確たるものとなる。

洞察力は、何事に取り組むにも必要な能力である。特にCIOという職責を担う人には、洞察力を磨き上げてほしい。新しいテクノロジーの評価にも試行錯誤する研究開発(R&D)が必須である。その繰り返しは洞察力を高め「目利き」という形で能力が発揮される。ビジネスにはデジタル・トランスフォーメーション(DX)が求められる時代になった。未知への取り組みには洞察と思考と試行が必要である。洞察力を高めて本質を外さないことだ。 唐突に聞こえるかもしれないが、目配り、気配り、心配りが出来る人は洞察力も思考力も行動力も備わっている。なぜなら目配りは観察に基づく洞察であり、気配りは慧眼に基づく思考であり、心配りはそれを具体化する行動力だからである。目配り、気配り、心配りが出来る人がビジネスリーダーとしても成功しているのは偶然なわけではない。これらはCIOが備えなければならない能力である。

CIO賢人倶楽部 会長
木内 里美