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コロナ禍で歴史を振り返る、「〇〇のために」の重み

更新: 2020年7月1日

執筆を依頼されたのが4月初旬。それ以降、この先どのような社会になっていくのか全く予想ができず、何を書くべきか躊躇っていました。今は6月中旬、先月末に緊急事態宣言が解除され、首都圏が少しずつ動き出していますが、一方では感染状況に対する危機感が連日報道されています。筆者は現在、愛媛県新居浜市に赴任している関係上、3月下旬から県外移動を自粛しており、首都圏の様子についてはリモート会議やメディアなどを通じて感じているところです。

 さて、医療分野はもちろんエネルギーなど他の分野でも、様々なイノベーションが起こり始めています。今は先が見通せない不安だけが大きいそんな世の中ですが、「命を守る」ことから生まれてくる新しい知恵と数多くのビジネスチャンスによって、新たな明るい社会が戻ってくることを期待してやみません。やや大げさですが、そのイノベーションを目撃する、まさに歴史のど真ん中にいるのではと考えています。

 新型コロナ発生後、リモートワークやAIあるいはロボットなど、様々な分野でITがその力を発揮し始めてします。コロナ発生以前の平穏な頃、新たな技術を導入する際に「なぜ?コストは?メリットは?」といった基本的な問いに対し、経営へどう訴求するか、そのハードルが高かったことを経験するのが常でした。しかし、現在は「なぜ、だれが、なにを、いつ、どこで、どのように」といった基本的なフレームワークに、「命を守るため」という誰もが理解、納得できる共通の価値が最初にはめ込まれ、至る所でその思考回路が早く回り始めていると感じています。

 それは新型コロナ対応だけではありません。歴史を振り返ってみると、第二次世界大戦後の荒廃から大きく飛躍する原動力となった1964年の東京オリンピックが真っ先に思い出されます。それをきっかけに移動時間の大幅短縮と大量輸送のために開発、建設された新幹線や高速道路はもちろんのこと、ホテルの開業をオリンピックに間に合わせるために知恵を結集して開発された、今は当たり前のユニットバスも有名です。IT分野でも、それまでの常識を超えたリアルタイム・オンライン競技速報システムが構築されるなど、大規模プロジェクトが次々に完成し皆で祝っている、そのような光景を今も覚えています。

 さらに明治時代まで遡ります。欧米列強に飲み込まれないために国を挙げて取り組んだ、鉄道、海運等の交通網や電気などのエネルギー供給網の整備、それらインフラを基盤に大幅な増産体制を構築した製造業等、日本全体が目覚ましい成長を果たしてきました。

 筆者がいるここ新居浜にも、その一翼を担った歴史があります。江戸時代、住友家によってわが国最大級の別子銅山(1691年開坑~1973年閉山)が発見され、銅の採掘、精錬、輸出などを中心に栄えてきました。明治時代に入り、欧州の技術を導入することで大幅な増産体制に移行する一方で、銅の精錬から発生する亜硫酸ガスにより田畑山林への大規模な煙害が発生し、問題が相当に深刻化しました。

 当時の住友家は、公害の抜本解決のため、同時に事業発展のために、有害ガス除去技術の実用化や広範囲な植林等の様々な対策と事業を立ち上げ、そして関連する数多くの起業に取り組みます。その結果、明治から大正時代にかけて金属、化学、機械、電気、林業、貿易、金融、保険などの幅広い分野で企業が誕生し、多くは100年以上経った現代でも第一線で活動しています。

 抽象化して言えば、「〇〇のために」という言葉が国民の一致した合意、目標となれば、それが想像を遥かに超えるパワーとなってイノベーションを巻き起こしてきた、そんな歴史を自分なりに思い出してきました。そこには現代社会にも活きる価値観があります。多く残されている当時の住友家経営者の語録の中で、特に印象に残っている二つを紹介しましょう(住友グループ広報委員会HPより抜粋)。

明治33年~ 二代目総理事 伊庭貞剛(ていごう)氏 
「住友の事業は、住友自身を利するとともに、国家を利し、かつ社会を利する底の事業でなければならぬ。」
明治37年~ 三代目総理事 鈴木馬左也(まさや)氏
「鉱山は国土を損する仕事故、国土を護ってゆく仕事をする必要がある。」

 これらの語録から、何を大事にし、それをいかに分かりやすく発信するかというリーダーの役割を感じます。住友グループ発祥の新居浜に赴任して、早、2年が過ぎました。まだまだ学びたいと思う土地柄です。

新居浜LNG株式会社
代表取締役 社長
礒村 典秀