cio賢人倶楽部 ご挨拶

オピニオン

「センスメイキング」で未来をつくろう

更新: 2021年2月1日

 それにしても激変の時代である。1年前の1月に始まった新型コロナ禍は、1年経った現在も収束の見通しがつかない。長過ぎる異常事態であり、特に海外では変異種も現れて大変な状況である。しかし、いつの時代も“ピンチはチャンス”である。100年に一度はこのようなパンデミックが襲いかかり、変えようとしてもできなかったことが可能になっている。東京オリンピックを前にしても少ししか進まなかったテレワークや印鑑レスが、今では劇的に進んでいるのは好例だろう。

 私自身、昨年4月からはほとんど出社せず、自宅でのリモートワークがメインである。2020年末にリリースしたシステムの開発では、メンバーとはキックオフ時に一度会っただけ。以降はWEB会議のみで、結構、大きなシステム開発を行うことができた。部署は東京にあるが、ほとんど大阪の自宅からミーティングに参加し、開発ベンダーも東京と大阪に分散した状態で開発を進めた。意外にもかなり効率的に開発が進み、スケジュール通りにリリースが出来ている。

 以前だと、東京の会議室に集まって朝から晩までミーティングをして、オフィスのデスクでメールのやり取りをしていただろう。今はもはや、朝早くから満員電車に揺られて、遅くまで働いていた昨年までの姿を想像できない。一体何を無駄なことをしていたのだろうかとさえ思ってしまう。勤務地という場所の概念も吹っ飛び、発想が根本からひっくり返っている。

 人はどうしても過去の経緯や歴史によって決められた仕組みやルールにしばられてしまうことを示す経済学用語に、「経路依存性」という言葉がある。今回のコロナのような異常事態が発生すると、今まで常識と思っていた経路依存性が根本から覆される。企業でも「以前もそうだったから」という理由で、現状踏襲型の決定がなされることが多かったが、ここまで異常事態の場合には、その経路依存性も改められ、新しい一歩を踏み出せるきっかけを与えてくれる。

 デジタル化の話に戻るが、スイスのビジネススクールIMDの「世界のデジタル競争力(2020)」調査によれば、残念なことに日本の総合順位は低落傾向にあり、現在では63カ国中27位という状況である。特に「企業の俊敏性(アジリティ)」という項目では最下位の63位となっており、上記の経路依存性が日本では特に高く、なかなか新しいことに進むということができない傾向にあるようだ。

 しかし、コロナ禍を機に日本企業でも変われるのだという実証ができた。現時点では働き方をデジタルで進化させた段階に過ぎないが、それでも第一歩を踏み出したことは確かである。次の段階としては本格的なデジタルトランスフォーメーション(DX)への歩みが必要である。

 ここでDXをデジタイゼーション(手段としてデジタルを使うこと)やデジタライゼーション(デジタルによって仕事のやり方を変えること)と混同しているケースが多いが、DXの本来の定義は「デジタルによって事業そのものを根本から見直すこと」である。根本から見直すためには、部門の垣根を乗り越えて、サービス全体をリデザインするリーダーが必要である。

 これからのCIOはそういうリーダーとして行動していかなければならない。従来の延長線上ではない新しい「サービスデザイン」を構築するセンスが問われるようになってくるだろう。業務の効率化やローコストオペレーションなどを考えているレベルでは全然DXにはつながらない。業務そのものが経路依存性を帯びているからである。「今やっている業務は本当に必要か?」というレベルでもない。「顧客」を中心にして事業そのものを根本的に見直す必要があるのだ。それができる時代になってきている。

 そういったリーダーの存在とセンスを有することに加えて、もう一つ重要なのが「センスメイキング」である。「センスメイキング」は心理学者カール・ワイクの1995年の著作「Sensemaking in Organizations」で学術の世界で広まった概念であり、今の日本にはとても重要である。早稲田大学の入山章栄氏が「世界標準の経営理論」の中でこの「センスメイキング」を「腹落ち」という言葉で説明している。つまりストーリーを語って周囲を納得させることだ。いくら新事業を立ち上げようとしても、周囲を納得させることができなければ、事業転換はできない。なかなか動かない経営陣や事業責任者を動かすためには、「センスメイキング」が必要である。

 センスメイキング理論には7つの大きな要素があり、その中でも「イナクトメント(行為・行動)」という要素が非常に重要だと筆者は考えている。入山氏の著書では1960年代にホンダが米国で小型バイク市場を開拓した例をとりあげている。当初は米国人が好む大型バイク市場を狙っていたが、「壊れやすい大型バイクよりも機能性に優れた小型バイクが売れる」というストーリーを作り上げ、取引先・顧客など周囲にセンスメイキングさせることで結果として成功したという事例だ。

 この例が示唆するのは、まず行動をしてみて試行錯誤を重ねていることが大事。DXを行う際にもまさにこの「行動」(特にスピーディな行動)が重要だということである。デジタルによる新規事業を小さく成功させていくことにより、納得できるストーリーが生まれてくる。その小さな成功の積み重ねが「腹落ち」につながっていき、「時期尚早」と言っていた抵抗勢力の一角を崩すことができるのだ。

 さらにセンスメイキングの中で未来のストーリーを語ることで、「未来をつくる」こともできる。かつてスティーブ・ジョブズ氏がわくわくしながらiPhoneをストーリーとして発表した。そのときに今のようなスマホ抜きが考えられない生活を想像しただろうか?あの発表からまだ14年。「未来はつくり出すことができる」のである。今回のコロナ禍を機に、我々も既存の発想を根本から見直し、従来の延長線上ではない「ワクワクする未来」を語り、新事業の提案を行っていく必要がある。

株式会社公文教育研究会
ICT事業開発室 室長
鈴木 康宏