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DX人材の育成について思うこと、「会社の存在意義やビジョンこそが重要である」

更新: 2021年3月1日

 コロナ禍の第三波で始まった2021年は、どんな年になるのだろうか。IT分野におけるキーワードが引き続きDX(デジタルトランスフォーメーション)であることは間違いないだろう。コロナ禍で、世の中はデジタルで繋がっていることが主で、リアルで会ったり買い物したりすることが従となる「アフタデジタル」の世界に足を踏み入れつつある。コロナ禍以前に、近い将来にそうなると予想された世界がすでに間に来てしまったのだ。将来に備えてDXを推進するのではなく、今すぐにDXに取り組まなければならなくなり、もはや待ったなしの状態なのである。昨年、発足した菅政権の目玉政策のひとつにデジタル改革が掲げられたことも、それに拍車をかけている。

 DXとは、企業の組織・制度や社員のマインドセットなどから醸成される文化や風土を、デジタル技術を前提にして丸ごと変えていくことだと筆者は考えている。「デジタル技術を前提にする」とは、デジタル技術がもたらす新しい常識、すなわち社会/経済活動のあり方や、人の価値観/行動様式、競争優位の根本が、デジタルによって変わってしまう状況に企業がきちんと適応することである。デジタル技術がもたらす新たな常識に合わせて、企業全体が丸ごと変わることで、その結果としてビジネスをデジタル化することもできるわけだ。

 そのためには、顧客や市場の変化にアジャイルに対応できなければならない。そして常に新たなデジタルビジネスやイノベーションを生み出し続けていかなければならない。今、利益を生んでいる既存の事業を深化させ、変化させていくとともに、新規事業も探索していく必要がある。大量生産の時代においては、指示されたことをいかに早く正確に実行するかが問われてきた。時代は変わり、今では顧客が求める価値を追求して提供し続けなければ企業は継続できない時代となった。人は何を知っているかではなく、AIやロボットではできない何をやるのかが大事になる。自ら問題を発見し解決したり、新たなものを生み出していく能力こそがDXには求められるのだ。

 さて、こうしたDXをリードし、推進できる人材をどうやって育成すればいのであろうか。人材の育成は永遠のテーマであり、「こうすれば必ず人が育つ」という単純な方法はないだろう。かといって、指をくわえて諦めてしまうわけにもいかない。なんとかDX人材を育てねばならないのだ。求められるDX人材には、ITやデジタル技術の知識はもちろんのこと、プログラミングなどのスキルやIT関係のプロジェクトの経験なども欲しいところではある。ただ、これからのデジタル時代、新たなビジネスモデルの創出を行う企画力と実行力こそが企業の浮沈を決める。それができる人材はスキルではなく、一橋大学の楠木建教授のいう”センス”が必要なのだと思う。

 人の能力にはスキルとセンスがある。スキルはある手順で学べば身につけられるが、センスはそうはいかない。ここでセンスとは、何が重要で、押さえるべきことは何か、キーマンは誰でどう説得すべきか等々、個々の優先順位を的確に見極めながら、企画から実行までをコーディネートできる総合的な力である。新たな企画を発案し成功させるためには、個々のスキルではなく、総合的なセンスが必要なのだ。

 しかしセンスはどうやって身につけられるのだろうか。おそらくは、そうした人が育つ「場」をいかに作るかが必要条件ではないか思う。筆者が若いころ、同じ部署の若手メンバが一緒に勉強し、学んだことを各自が実践し、その結果をワイガヤで議論する場があった。心理的安全性を担保した上で、上下関係も意識することなく、意見を言い合い、学び合いながら互いに切磋琢磨する。それを通じてセンスを身につけることができたと思う。もちろん全員が同じように育ったわけではないが、そういった場ですくすく伸びた多くの若手が会社を支え引っ張る人材となったのだ。

 そうした人が伸びる場を作ることとともに、その人のポテンシャルを見抜き、長期的な視野で仕事のローテーションなどを行いながら計画的に育てることが、センスの育成には欠かせない。だが、今はスピードの時代で、そんなに待てないという意見もあるだろう。終身雇用が崩れつつある今の日本企業で、長期的な人材育成はなかなか難しい問題だ。即戦力の人材を中途採用するのもいいが、魅力ある企業を作らなければ、そうした人材はすぐに去ってしまうだろう。重要なことは、人材がなによりも大事という認識と、様々な形で人材育成に対してチャレンジし続けるという経営の意思が大事なのだと思う。

 もうひとつ大事なことは、DXを推進した暁に、どういう会社になりたいのかというビジョンを描くことだ。DXは一律のものではなく、各社個々のものである。そのためにも自社の存在意義は何なのか、それは、顧客であり社会に果たして求められているものかをきちんと再考することが大事だ。人材育成の目的は、このビジョンの実現にあるはずだ。そのビジョンを実現したいと強く思うことにより人は成長する。これからの時代、ビジネスが社会に貢献し、人々を幸せにするものでなければ、その継続は難しくなるだろう。わくわくする会社の存在意義と自らがこうありたいと願うビジョンこそが、DX人材の育成に必要なことであると思う。

TERRANET代表
寺嶋 一郎