cio賢人倶楽部 ご挨拶

オピニオン

デジタル変革の時代だからこそ欠かせない「野性」 ―書籍「野性の経営」から学ぶ―

更新: 2023年11月1日

 1989年の1位から30年あまりを経て2023年は過去最低の35位に--。スイスIMDが毎年発表している世界競争力ランキングにおける日本の順位です。コストカットや内部留保、リスク回避の徹底、海外投資などに明け暮れ、痛みを伴う構造改革と新規事業投資や人的投資、国内のものづくりへの投資をしてこなかったのが、長期低落の大きな原因であると言われています。

(出典:IMD世界競争力センター)

 デジタル変革の時代において失われた40年、50年とならないために、どうすべきでしょうか?そのヒントとして、「野性の経営 極限のリーダーシップが未来を変える」(野中郁次郎、川田 英樹、 川田 弓子著、KADOKAWA刊)を紹介します。本書は変革の時代に求められているリーダーシップのあり方を、理論編と実践編の2部構成で解説しています。

 理論編では、暗黙知を共感・共有することで形式知化し、実践し続ける「SECIモデル」の意義を分かりやすく解説。その上で企業の三大成人病(オーバープランニング、オーバーアナリシス、オーバーコンプライアンス)に警鐘を鳴らし、人間が本来持っている「野性」を取り戻すことが大切であると説きます。

 実践編は、タイ王国のドゥイトンというアヘンの密売、人身売買、武器取引が行われていた”黄金の三角地帯”と呼ばれた地域を、茶やコーヒーの産地に変革させた実話です。クンチャイという人物が極限のリーダーシップを発揮し、数十年の年月をかけて生まれ変わらせました。クンチャイ氏と村落の人々の野性の力を生き生きと描いていますので、一読をお勧めします。

 ところでDXという言葉が氾濫しています。ITやデジタルツールを使ってビジネスや業務に応用すれば、それはDXであるという意見があります。様々なクラウドサービスの導入や現場業務のロボット化、事務のRPA化などもDXというわけです。しかし、それらは必要な改善であってもDXの本質とは異なると、筆者は考えています。

 デジタル技術はあくまで道具であり、普通に使うだけでは道具なりの機能を発揮するだけです。変革の時代においては、それでは不十分です。直面しているビジネスチャンスや事業の課題に対し、過去の成功体験を超えて新たな挑戦をいかに迅速に決断するかという「生き抜く知恵」が求められます。その知恵を具現化するためにデジタル技術を活用することが鍵であると思います。

 本書「野性の経営」は、そのために必要な6つの要件・行動指針を提唱しています。①善い目的をつくる、②.現場で本質を直観する、③場をタイムリーにつくる、④本質を物語る、⑤物語りの実現に向けて政治力を行使する、⑥実践知を育む・組織化する、がその6つです。

 過去の成功体験や数値分析、行き過ぎた科学主義や分析主義では解決困難な問題が少なくありません。VUCAと呼ばれる先が読めない時代であればこそ、人間が本来持っている「野性」を発揮して生き抜く経営力や発想力、そして実行力が求められています。そうした行動・思考様式に自らを変革することが、DXのX=Transformationであると筆者は考えます。

 具体例を示すため、「野性」に基づいてデジタル技術を活用して事業を変革してきた日本企業を2社、紹介しましょう。1社は京都府宇治市にあるHILLTOPで、下請けとして量産品を生産する町の鉄工所から付加価値の高い金属試作品の製作に事業変革した会社です。職人の仕事をデータ化し、プログラミングによって金属加工の無人化を実現しました。

 原点は下請けから脱却しないと未来はないとの強い思いと、職人技の暗黙知を試行錯誤を繰り返しながら形式知に変えていった現場力です。加えて仕事の判断基準を「楽しいか否か」に置きました。同社の「野生」による挑戦は「ディズニー、NASAが認めた 遊ぶ鉄工所」(山本昌作著、ダイヤモンド刊)という書籍を読むと分かります。

 もう1社はベビーリーフの生産高で日本一の果実堂という会社です。熊本県上益城郡益城町にある同社は、ハウス栽培のデータ化やサイエンス農業によって生産性を高め、高収益な農業法人として変革を遂げています。水と土質に着目して試行錯誤を繰り返し、データ化することで年間10回転が限界と言われたベビーリーフを14回転できるハウス栽培に成功しました。

 現在では、農業分野ではなかなか手のだせなかったサプライチェーン改革にも着手し、利益の出せる農業を広めようとしています。そのノウハウを自社だけに留めずに他の農家にも伝授し、農業全体の付加価値を上げる取り組みもしています。

 両社の共通点は少なくありません。業界の慣習を超えた大きなビジョン、現場で本質を直観する現場力、変革モデルを定義したうえでデジタル技術を上手に活用、失敗を許容する風土、それに社員を最も大切にする企業理念、などです。このようなビジョンを持った企業、いわゆるビジョナリーカンパニーこそが急激な変化にも柔軟に対応し、社会最適な企業としてこれからも成長を続けると筆者は確信します。

 デジタルによる社会変革が進む時代において最も重要なのは、InformationよりもIntelligenceでしょう。つまりインターネットやSNSに散在する情報はもちろん、あらゆる情報の中から物事の本質である貴重な原石を見つけ、それを磨き込み続けることです。そのために今こそ野性を取り戻し、本質を見極める力を養う時ではないでしょうか。

シャイン株式会社
戦略担当顧問
小河原 茂