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生成AI活用で米国に抜かれた日本、挽回策はあるか?

更新: 2024年12月1日

  PwC Japanグループは、2024年4月~5月に「生成AIに関する実態調査2024 春 米国との比較」を実施した。調査では、日米両国の企業に生成AI(人工知能)の活用における期待と効果の差分を尋ねている。それによれば、「期待を大きく上回っている」と回答した企業は米国で33%に上ったのに対して、日本ではわずか9%に留まった。

 実は、生成AIという新しい技術に対する日本企業の初動は他国に比べて非常に早く、特に2023年春からの半年間で多くの日本企業が生成AIの利用環境を整備し、社内での利用を開始した。ところがその後の活用フェーズにおいて足踏みしており、大きな活用効果を出せていない。そうこうしているうちに、効果の面で米国企業に追い抜かれてしまったのだ。

生成AIリスクへの不安から社内の業務効率化に留める日本

 調査では、日米企業における生成AIの活用ユースケースの違いも明らかになった。日本では、社内の業務を効率化する手段として生成AIを活用しようとしている企業が多い。例えば「社内のマニュアル検索」など全社的な”お役立ちツール”として導入し、「社員の○割が使えるようになった」などと効果をアピールしている企業も多くみられる。一方、米国では顧客満足度の向上を視野に、生成AIならではの新しい体験や新しいサービスを生み出すことに重点を置いている。このため全社的な導入よりも、個別の事業部門における具体的なユースケース推進が先行している。

 日米両国で生成AI活用にこのような違いが生まれている背景に、生成AIリスクへの対応の差がある。生成AI活用にあたっては、事実と異なる回答をするハルシネーションや著作権侵害、情報漏洩などのリスクがあり、これらへの対応が不可欠だ。そこで米国企業では、ファクトチェックやプロンプトインジェクション(意図して生成AIを誤作動させるような指示)の監視などまで踏み込んだリスク対策をとっている。日本企業はそこまでの対策には踏み込まず、社員向けのガイドラインやポリシー、規定集の作成で終わっているケースが多い。

 革新的な技術と謳われる生成AIを「社内の便利ツール」にとどめてしまっていては、コストの大幅な削減や売上高の急伸といったドラスティックな変化が起きることはない。リスクを恐れるあまり、さらに踏み込めないのは日本企業によく見られる現象だ。いち早く利用環境を整備したところまでは良かったが、リスクが少ないユースケースに閉じてしまい、大きなリターンを得られないのは、従来のAI活用のころから変わっていない。生成AIという革新的な技術の利用においても、日本企業は”負のサイクル”を繰り返そうしている。

マネジメント層が重要テーマとして関与することが不可欠

 日本企業が生成AIを本当の意味で活用するためには何が、どんな取り組みが必要か。まず生成AIに完璧な精度は期待できないことを理解しなければならない。生成AIは、試行錯誤を繰り返しながら使い続け、より良いものにブラッシュアップしていくものである。生成AIが注目される以前のことだが、日本企業からよく「AIって思っていたほど使えない」という言葉を聞いた。それは例えると、野球選手に対して最初の一打席でいきなりヒットやホームランを打てなかったという理由で、ダメ扱いしているようなものである。

 大切なのはポテンシャルを信じて何度も打席に立たせることだ。米大リーグで活躍する多くの日本人選手も三振もすれば凡打もある。だが、打席に立ち続けることにより世界を驚かせるような偉業を達成している。米国企業はそれを理解した上で、最初から100点満点でなくても生成AIを使い続け、精度を高めている。このままでは日米の企業の差は指数関数的に開いていくばかりだ。日本企業はAI活用時と同じ轍を踏むのではなく、考え方、やり方を根本から改める必要がある。

 企業における生成AIの推進責任者のあり方も見直すべきだ。日本企業では、DX推進部やIT部などが音頭をとり、これらの部門長が推進責任者となることが多い。だが残念ながら、これらの部門長が生成AIを活用した新規事業創出や価値創造に積極的に取り組める環境を整えている企業は少ないように見える。むしろリスクの回避やシステムの安定稼働など、問題があればそれを潰していく守りの役割が中心になってしまっている。

 大切なのは生成AIの推進責任者に前例のない取り組みに挑戦する意欲のある人を据え、事業創出や価値創造に取り組める環境を整えることだ。当然、推進責任者に権限や予算を委譲し、失敗による減点方式ではなく生み出したイノベーションなどを加点方式で評価することが欠かせない。

 これらの取り組みは企業の経営者などマネジメント層からのサポートなしでは実現しない。日本企業のマネジメント層には生成AIを便利なツールとしか捉えていない人が多く見受けられるが、生成AIを積極活用することで事業変革やイノベーションにつなげることができるのだ。その点では生成AIの活用推進は、マネジメント層が真剣に向き合うべきテーマである。日本企業では個別の事業部門における具体的なユースケース提案がなかなか出てこないとも言われるが、マネジメント層が意識を変え、経営リソースを割くようになれば、事業部門など現場の意識や風土も変わるだろう。

 ここまで生成AIの導入や活用に関して日本企業が直面する課題に触れ、解決策を提言した。すでに米国に追い抜かれたと書いたが、挽回するチャンスはあると著者は考える。というのも、生成AIの基盤となるのはLLM(大規模言語モデル)で学習するためのデータの量と質が非常に重要だが、日本企業の内部にはデジタル化された日本語文献が膨大に存在するからだ。日本語に特化したLLMは、米国の巨大テック企業も参入は容易ではない。日本発のLLMなどを活用した、日本の企業の新規事業創出や価値創造の取り組みに期待したいところだ。

PwC コンサルティング合同会社
執行役員 パートナー
三善 心平