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改めてCIOの役割を考える:後編 CIOが「変革の旗手」となるためのロードマップ
更新: 2025年10月1日
前編で見てきたように、「全体最適化」と「個別最適」のジレンマを乗り越えて企業の未来を切り拓くためには、CIO自身の役割のアップデートが不可欠です。後編では、前編の図1で紹介した「目指すべきCIOの役割定義」の骨子を参照しつつ、多くの日本企業が直面している課題を踏まえたCIOの責務を考察します。
米国の産業界においては一般に、CEOが成長戦略の中心の1つにIT/デジタルを据え、CIOを右腕として戦略立案・実行に参画させるという歴史的な関係性があります。この関係の延長上で多くのCIOが、「企業グループ全体のIT活用を俯瞰し、業務・情報システムの構造と共にIT部門の機能と役割を変革し、企業の“全体最適化”実現に貢献する」という役割を果たしていると言われます。
一方、日本企業においては一般にCEOのIT/デジタルへの関心は高いとは言えません。オーナー企業や外部から変革者として招聘されたCEOなどを除くと、内部昇格のCEOが多いのでトップダウン型の変革が難しい現実もあります。そんなCEOのもとで、さらに強いボトムアップ文化やサイロ化した組織構造の中で、CIOが米国型の役割を担うことは容易ではありません。
しかしながら、今やIT/デジタルは企業の競争力を左右する「武器」です。加えて、目指すべきCIOの役割で定義した「Chief Intelligence Officer」や「Chief Innovation Officer」といった役割は今、かつてないほど強く求められています。この期待に応え、あるべきCIOの役割を担う最初の一歩として、私は以下の2つのテーマの推進を提言します。
DX実現に向けた組織作り:「別働隊」によるボトムアップ変革
長年ボトムアップで作り上げられた業務プロセスやシステムを変革するのは容易ではありません。特に営業、開発、生産といった現場の業務領域では、組織の縦割り構造が強く、トップダウンの号令だけでは変革が進みません。一方で各部門のトップたちは、進化するIT/デジタル技術に大きな期待を寄せています。開発におけるデジタルエンジニアリング、生産におけるスマートファクトリー、営業におけるデジタルマーケティングなどを、現場主導で進めるケースも多く見られるほどです。
しかし個々の部門や現場主導では実現できることや得られる効果が限られます。現場主導のままだとその熱意が「個別最適」に留まり、全体最適や全社変革に繋がらない問題もあります。各部門のトップたちは明確に意識しているかどうかはともかく、これらの縦割り構造やサイロ化したシステムに起因する問題を理解しているはずです。そこでCIOの出番です。
CIOは、CEOや経営企画と協力するなどして各部門・現場のニーズを集約し、中期事業計画の一部としてまとめると共に、部門間の壁を乗り越える全社横断のプロジェクトチーム「別働隊」を組成します。別働隊には、各業務領域のキーパーソンであるマネージャークラスを中心に、メンバーを専任で1〜3年間アサインします。その上で以下の活動を委ねます。
1)プロジェクトの最上流工程である構想企画から要求定義(RFPの策定を含む)までを中心的な活動とする。経営や事業という全体最適な視点から、目的・目標・あるべき姿と現状の課題・必要投資・ROI、ROEなどの計画を取りまとめる
2)要求定義の際には、必要に応じて現状(As-is)の業務分析を行った上で、全体最適の視点から各現場のTo-beプロセスを策定し、変革の責任者であるオーナーならびに日々の業務を統括する現場の部門長のコミットを得た上でRFPへと展開する
3)上記1)と2)のために、メンバーはプロジェクトマネジメントの手法(日程、タスク、課題、リスクなど)や、ステアリングコミッティなどの運営方法を学び、実践する。要求定義以降のプロジェクト推進責任を各現場が負えるようにする。
内製化が喧伝される現在、「これらは当然」と考える向きもあるでしょうが、現実にはこのような最上流工程を外部コンサルタントやIT企業に丸投げするケースが今も多く見られます。もちろん初期段階では自社の人材だけで進めるのが困難なので、外部の専門家に伴走してもらいながら、自走できる力を身につける必要があります。大事なのは”主体性”です。AIなどの最先端技術の活用を進め、変革を推進する現場にデジタル活用の主体性を持たせることを、CIOがナビゲートしていくべきと考えます。
こうして「別働隊」を組成し、現場のリーダーシップとCIOの統合的視点を組み合わせれば、個別最適から全体最適へという道筋が見えてきます。トップダウンの強制力に頼ることなく、「現場主導のボトムアップ」と「CIOによる全体最適の俯瞰」を両立させる、日本の組織に向いたアプローチです。なお、可能ならCIOは別働隊を傘下におさめ、現場のトップと連携を深めながら実現までコーディネートしていくことが望まれます。
ガバナンスの再定義:「守り」から「攻め」の戦略へ
もう一つのテーマは、「あるべきCIOの役割」で示された「ITガバナンスの確立」の再定義です。ガバナンスという言葉から想起されるのは、セキュリティやリスク管理といった「守り」の概念でしょう。サイバー攻撃の増大やグローバル規制環境の厳格化を背景に、CIO自らが組織全体を財務的損害やブランド毀損のリスクから守る責任を担うようになりました。自動車で言えばブレーキです。
しかし高性能な車にしっかりしたブレーキが必要なのと同様、守りを固めることはデジタル変革を推進するための信頼性の基盤となります。イノベーションはアクセル、ガバナンスはブレーキと、両者は互いに補完し合う関係にあるわけです。またガバナンスそのものの意味合いは「守り」に留まらず、この枠組みと基盤の上で企業文化を変える「攻め」の経営戦略を実現する力へと再定義されつつあります。この「攻め」のガバナンスは、以下の3つの要素によって構成されます。
- データを戦略資産として活用する「データガバナンス」
- 新しい技術の導入と活用、及びリスクを管理する「イノベーションガバナンス」
- 素早く行動する組織文化と枠組みである「アジリティガバナンス」
ここで改めて前編の図1で示した役割定義、「ITガバナンスの確立:企業グループ全体のIT活用を俯瞰し、業務・ISの構造と共に、IT部門の機能と役割を変革し、“全体最適化”を実現する」が極めて重要となります。さらに「インテリジェンス=情報活用による経営戦略の創造」の観点からも、AIをはじめとする最新技術を活かすためには、サイロ化されたデータをセキュアに統合し、経営層から現場までが戦略的に活用できる仕組みへと変革していくことが不可欠です。
その実現を阻んでいるのが、多くの企業が抱える「IT負債」です。これは単に古くなったシステムだけでなく、変化への対応を阻むモノリシックなコード、古いOSやデータベース、非効率なデータ構造など、技術的負債(Technical Debt)を含む広範な課題を指します。これが足かせになって、CIOが全体最適に向けた改革に踏み出せないという構造的な課題が生まれています。
この壁を打破し、「守り」を固めながら「攻め」の戦略を展開するための鍵となるのが、既存資産を活かしつつ段階的に環境を刷新していく「モダナイゼーション戦略」です。筆者は、「インフラのモダナイズ」と「アプリケーションのモダナイズ」の2軸でモダナイゼーションを捉えています(図2)。

理想は二軸を同時並行で進めることですが、IT負債の大きさや複雑さを踏まえれば、まずは「インフラのモダナイズ」を進めることが有効な第一歩となります。この取り組みは、前述した「攻めのガバナンス」を具体的に実現する基盤を築くものであり、その理由は次の4点に整理できます。
1)アジリティと事業継続性の両立: 日本企業におけるランサムウェア被害が深刻化する今、事業継続のためのIT基盤強化は避けて通れません。クラウドへの迅速な移行は、このリスクへの確実な備えとなるだけでなく、新市場や新事業への展開を可能にする組織の俊敏性を高める土台を築きます。
2)データを戦略的に活用する基盤の構築:データ活用を戦略レベルで推進するためには、クラウドが提供する統合的な管理基盤、強固なセキュリティ、そしてIoTやマーケティングデータなど膨大かつ多様なデータに柔軟に対応できる拡張性を最大限に活用し、データマネジメントを強化することが不可欠です。こうした基盤整備こそが、AIや高度なデータ利活用への即応性を高め、組織全体で「攻めのガバナンス」を実現する鍵となります。
3)イノベーションを加速する柔軟なアーキテクチャと先端技術の活用:クラウド環境への移行とAPIを活用した連携基盤の整備により、既存開発資産の再利用、SaaSツールとの統合、AIエージェントの導入などが容易になり、柔軟かつ迅速な開発を実現できます。特に顧客接点やサプライチェーン領域の改革では、UI/UXの高度化と社内外データの統合が不可欠であり、これらの基盤整備が変革を支える重要な要素となります。
4)現場の内製化と市民開発の促進: 従来は保守・運用を中心に従事していた技術者が、新しいクラウド環境に適応し、フルスタックなスキルを習得することで、スピードと柔軟性を発揮できるエンジニアへと成長できます。さらに、現場の業務担当者が自らアプリケーションやワークフローを構築できる環境を整える『市民開発』を推進することで、組織全体における自律的なシステム開発力が高まり、3つのガバナンス領域を内発的に強化する基盤が形成されます。
このように、「守り」を固めつつ「攻め」に必要な基盤へ移行することで、同時に「変革を支える内製化人材」を育成することが可能になります。こうした基盤整備の推進は、前述のもう一つのテーマである「DX実現に向けた組織づくり──『別働隊』によるボトムアップ変革」の具現化にも直結します。
つまり、CIOが再定義すべきITガバナンスとは、従来はリスク管理を中心とした“守り”に偏りがちだったITガバナンスを、攻めの基盤整備と人材育成を両輪で推進し、DXを全社的に牽引する力へと進化させることです。多くの日本企業はいまなお「IT負債」を前に足踏みし、変革への第一歩を踏み出せずにいます。しかし、ITを単なる業務基盤ではなく、成長の『エンジン』と捉え、CIOがその可能性を引き出す責務を果たすならば、この停滞は必ず打破できます。
本コラムで提言した「『別働隊』によるボトムアップ変革」と「モダナイゼーション戦略による攻めの基盤づくり」は、そのための実践的な第一歩です。両者を並行して推進することで、CIOは単なる「IT部門の責任者」を超え、テクノロジとビジネスを結びつけ、企業の未来を共に創造する真の変革リーダーへと進化します。本稿が、読者の皆様にとって現場での実践と未来創りの一助となれば幸いです。
イノベイトラボ
代表
矢澤 篤志
