オピニオン
国が提供するDX推進施策を理解し、使い倒そう!
更新: 2026年5月1日
私事で恐縮だが、筆者は57歳からフルマラソンへの挑戦を開始し、70歳になった今もそれを続けている。この3月1日には東京マラソン2026に出場した。しかし結果は惨憺たるものだった。目標としていたサブ4.5(4時間半切り)達成はならず、自己ベスト更新は叶わなかった。
なぜか。自身の現在地=実力を過信していた上に、急激な気温上昇という環境変化を想定した対策を怠り、後半は大幅なペースダウンを余儀なくされた。事前の準備不足と変化への対応力の甘さを痛感し、悔しさを噛み締めながら帰路につくこととなったのだ。
さて地方銀行でDX推進に携わっていた筆者は、縁あって68歳から経済産業省に勤務し、現在は企業DX推進施策に携わっている。日々、DXのあり方を考える中で痛感するのは、企業におけるDX推進が、この過酷な42.195km、あるいはそれ以上続く終わりのないフルマラソンに似ていることである。
自社の現在地を客観的に把握する。目まぐるしく変わるビジネス環境を予測して迅速に対策を講じるーー。こうした準備と柔軟性がなければ、たちまち息切れを起こしてしまう。気合いや精神論だけで走り切れるものではない。コースの全体像を把握し、客観的なデータに基づいてペースを配分し、経営と現場が一体となって変化に立ち向かい続ける覚悟が不可欠である。
「変革の旗手」に必要な国が提供するギア(装備)の全体像
CIOがIT部門の長に留まらず、「変革の旗手」としてDX推進をリードし続けるためには、適切なギア(装備)の活用も必要だ。つまり国が用意したDX推進施策のことである。具体的には「デジタルガバナンス・コード3.0~DX経営による企業価値向上に向けて~」という基盤の上に、企業規模やDXの熟練度に合わせて「DX推進指標」「DX認定」「DX銘柄」「DXセレクション」、そして「DX支援ガイダンス」といった施策が体系化されている。

1. コースマップとスマートウォッチ:圧倒的少数の先進企業になるための「DX推進指標」
「デジタルガバナンス・コード3.0」は、走り出す前の「コースの全体図と正しいフォームの指南書」である。DXを推進するにあたって、経営ビジョンやビジネスモデルが、独りよがりになっていないかを確認し、適正化するための「羅針盤」として活用できる。
一方、自身の現在地を客観的に把握するのに役立つスマートウォッチのような存在が「DX推進指標」である。規模や業種を問わず利用でき、令和8年(2026年)4月時点の累計活用実績は1万件を超えた(大企業:1,639件、中小企業:8,697件)。
一見、それなりの利用件数に思えるが、日本の全法人数は少なくとも200万社以上ある(定義や数え方により異なる)。そのうちDX推進を意識したり取り組んだりする企業が仮に1%だとすると、半数の企業が自身の現在地すら把握せずに闇雲に走っている計算になる。様々な調査からすると、DXを推進する企業はもっと多くて10%以上はあるので、実にもったいない話である。
だからこそ企業がこの指標をいち早く徹底活用することには大きな意味がある。経営陣、事業部門、IT部門で独立して評価を行い「認識のズレ」を可視化することで、自社の立ち位置を把握していない無数の他社に先んじて、的確な次の一手を打つことができるのである。
2. 大会へのエントリーとゼッケン:取得するだけで強烈な差別化となる「DX認定」
基礎体力がつき、走る準備を整えたら、次は公式な大会へのエントリーである「DX認定」である。これは「我々はDXという難コースを走る準備ができている」というステークホルダーへの強力な宣言、つまり「ゼッケン」となる。
DX認定も対象は全事業者だが、令和8年4月時点で累計1,911社しか選定されていない。日本の莫大な法人数と比較すれば、取得企業は「わずかひとつまみ」の限られた存在である。このことを裏返すと、DX認定を取得すればDXに挑戦している企業として社内外にアピールできるメリットを得られることを意味する。
そんなメリットの典型が人材獲得・確保である。特にデジタル人材の獲得競争が激化する中、わずか1,911社しか持っていない国のお墨付きは、採用活動における差別化要因となる。社内に対しても「我々は正しい道を走っている」という自信を与える絶好のツールとなるのである。
3. トップランナーへの道と伴走支援:狭き門の「DXアワード」とエコシステムを牽引する「DX支援ガイダンス」
マラソンは参加し、走ることそのものに意味がある。ただしエリートランナーやトップランナーなどの優秀者を表彰し、称えることも当たり前だが欠かせない。多くのランナーの目標、ロールモデルになるからで、このことは公式大会の存在意義の1つでもある。
DXの分野にも、そんな”公式大会”がある。大企業向けの「DX銘柄」、中堅・中小企業向けの「DXセレクション」だ。どちらもDXに取り組む企業が応募し、審査を経て該当する企業を選ぶ。DX銘柄では30社~40社、DXセレクションでは10数社が毎年、選定されている。
大手企業のCIOである読者の皆様には、これらの公式大会をぜひ意識して頂きたい。DX銘柄へのエントリーは当然のこと、DXセレクションも自社のサプライチェーンに属するパートナー企業のDXを牽引することに大いに役立つはずである。
例えば、パートナー企業の経営者がDXに及び腰な場合、2026年5月20日に開催される「DXセレクション2026」の表彰式に一緒に参加することが考えられる。
2025年は建設会社の後藤組(山形県米沢市)がグランプリを獲得した。社員がノーコードツールを駆使し、残業時間を21.1パーセント削減して若手の定着率を劇的に向上させるなどした。そんな「全員DX」の生きた事例を直接、見せるのである。
そうして経営者の意欲に火をつけ、まずは先述の「DX認定」の早期取得(2026年夏~秋)に向けた伴走支援を行い、最終的に次年度の「DXセレクション」への応募を目標に掲げてもらう。この時、有効なのが図1の左にある「DX支援ガイダンス」である。本来は地方金融機関やコンサル会社などが中小企業のDXを支援するための指南書だ。しかし大手企業がパートナーである中堅・中小企業のDXをサポートする「伴走支援マニュアル」としても非常に有効である。このようにしてエコシステム全体を巻き込んでいく。
結びに:徹底活用のススメ
国の施策は、要件を満たすための「ただのチェックリスト」にしてしまっては意味がない。繰り返しになるが、指標活用数や認定数が日本の法人数に比べてはるかに少なく、大多数の企業が利用していない現状は、「使い倒した企業が圧倒的な先行者利益を得られる」最大のチャンスである。
筆者は、これらを自社、そして関係するすべての企業の変革を加速させるための「ツール」として、したたかに使い倒していただくことを願う。また皆様のDXへの挑戦が、自己ベストを更新し続ける実り多き道のりになることを応援している。
筆者も70代となった。老化と戦いながら次なる舞台での目標突破を目指して走り続ける覚悟である。日本の大半の企業がまだ立ち止まっている今こそ、共にこの終わりのないコースを力強く駆け抜けていきたい。
経済産業省
商務情報政策局情報技術利用促進課デジタル高度化推進室長
河﨑 幸徳
